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日本点字の考案

日本では、1878年に京都に、1880年に東京に盲唖院が設立され、盲教育が始まりました。
当初はやはり凸字での教育が行われていましたが、1887年に小西信八と石川倉次が教員になると、石川を中心に、早速点字の研究に取りかかり始めました。
石川倉次を中心とする何人かの教員と数名の生徒は、アルファベットを表現することのできるブライユ点字を、カナをも表現できるように、いろいろな案を出し合い、議論を重ねていきました。
1890年の秋に至って、石川の案、教員・遠山国太郎の案、生徒・伊藤文吉と室井孫四郎との共同案の3案にしぼられ、点字選定委員会の会議を数回繰り返した後に、最終的に石川案に決定しました。

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2005年11月19日 14:36に投稿されたエントリーのページです。

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