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春うらら

出会いは十色(といろ)、そこから先が大事です。

 私は、数年前、一人で歩いているときに友達から電話があり、「あと2時間後の子供向けお話会で語る予定だった人が急にこられなくなったから、なんでも良いから覚えてる話を語りにきてほしい」と助っ人を依頼されました。
 そのとき、自分は語る予定がなかったので、読み聞かせできる本はなんにも持っていないまま、新宿伊勢丹での買い物に向けて歩いてました。
「さぁ大変!」とばかりに、頭はフル回転。子供が好きそうな話で、とりあえずストーリーを追いながらフリーで話せるネタはと考えて、落語の「饅頭怖い」をおさらいし始めました。
 「おう、おめぇは何か嫌いな物はねえのかい?」
 「んなもんねえよ。……待てよ、おっといけねぇ、…ああ、
思い出しただけでも怖くていけねぇ。……お、おれぁ、ま、饅頭が…」
 などと頭の中で考えていたので、 私は上り階段の存在を忘れていました。
杖もろくに使わぬまま歩いていた私は、あっと思った瞬間に、その階段にけっつまずいて見事に階段の上に倒れこんでしまいました。右膝をしたたかに階段の角に打ち付けてしまい、せっかくおさらいした「饅頭怖い」が吹っ飛んで頭の中が真っ白になりました。
いやぁ、痛いのなんの!!
でも、ちょっと座り込んでるうちになんとか立って歩けるようになり、大したことはないだろうと医者にも行かず仕舞いになりました。ところが、それ以来、階段の上り下りのときとか、長い時間立っていたりとかすると、膝がじんわり痛むようになってしまいました。

 というわけで、最近では電車の中で声をかけていただいたら、ありがたく座らせていただいています。
声をかけていただく理由が、白い杖を持っているからだということは分かっていて、申し訳ない気持ちもあるし、違和感もあるのですが。 で、この声をかけていただけるかどうかですが、日によって、路線によっても違うようです。 先日などは、若いお兄さんが譲ってくれたり、自分の隣に導いてくれたり、乗る電車乗る電車、ありがたいシチュエイションの連続でした。また、エレベーターの近くに寄って行っただけで、手をとって導いてくれる人もいたりして、嬉しい1日となりました。

 かと思えば、連れ合い(晴眼者)と歩いているのに、その間にぐいぐい割り込んでこられたり、すごい勢いでぶつかってこられたりすることもあります。私は見えていないので気づかずにいるのですが、電車やエレベーターに乗り込む列の一番前に並んでいたはずなのに、横合いから割り込んで乗り込もうとする人もけっこういるそうです。 また、最近一番嫌な想いをしたのは、電車に乗り込んだとき、連れ合いに導かれて行った私が座らせてもらおうとしたら、その横で二人分の幅を取って座っていた男性が、迷惑そうな顔をして立ち上がって行ってしまったことでした。空いたところに連れが座っても、ゆったり座れる余裕があったというのにです。

 さらに、路上で点字ブロック上にかかるように止めてる自転車やバイクが多くて困るのですが、正に止めようとしている人に連れ合いが注意したら、なぜ注意されたのか分からずきょとんとする人やら、逆切れする人やらの不思議な反応が返ってきて、頭を抱えてしまうこともしばしばです。

 そんな中、昨日は某図書館近くの公園でスケポーの練習をしていたあんちゃんが、点字ブロックの延長上の階段に荷物を置いていたのでこれまた連れが注意しました。私は、例によって逆切れされるか、あるいはふてくされた態度でしかたなしに誤られるものだと覚悟していました。ところが、このあんちゃんは「すみません。気が付きませんでした。以後、気をつけます。」と、とてもさわやかに、そして神妙な感じで、素直に謝ってくれたのでした。この瞬間、私の中の印象が、「ちゃらいあんちゃん」から、「さわやかな好青年」に大変身したのは言うまでもありません。

 このように、通りすがりの出合いでの反応は様々です。もちろん、思いやりの度合いだって、視力や聴力のように、様々なのですが、私は多かれ少なかれ、通りすがりに留まらない関わりを持っていったときには少しずつ理解していけるのではないかと思っているのです。
 先日、ある障害者サービス担当の公共図書館職員さんと話していたら、
「私も、役所の他の部署から回ってきて最初に図書館職員として障害者サービスを担当させられたときには、なんでこんなことになっちゃったんだろうと思いましたよ。」と笑って話してくれました。でも、その職員さんは、今では人一倍親切で意識の高い担当者となって、利用者からもボランティアさんからも慕われているのです。どうしてそんなに変われたのかと聞いたところ、「必要とされていることと、喜ばれていることが実感できたから」という、とても素敵な答えをいただきました。 こんな例もあるのですから、じっくり付き合っていける機会のある健常者とは、大事にお付き合いしていけるよう、障害者側も思いやりと
感謝を忘れずにいたいものだと思うのです。

by amedia  at 16:35  | Permalink

経営者が学ぶ障害者との共生社会作り~第14回障害者問題全国交流会

皆さんこんにちは。
アメディアの望月優です。

私が実行委員長を務める一つの大きなイベントを紹介します。

1. 障害者問題全国交流会
私は、経営者としての勉強をするために中小企業家同友会という会に所属しています。
この会は、全国47都道府県の組織がそれぞれ独立して活動しています。ですから、私の所属する会の名称は、「東京中小企業家同友会」と言います。
そして、各地の同友会が連合した組織を「中小企業家同友会全国協議会」と言います。
全国協議会が主催するいわゆる「全国大会」がいくつかありますが、障害者問題全国交流会もその一つです。
障害者問題全国交流会は、国際障害者年の翌年、1982年に始まり、2年に一度各地持ち回りで行なわれています。
そして、第14回目になる今年、東京の番が回ってきました。
私は東京中小企業家同友会障害者委員会の委員長を2005年から務めており、この全国交流会の実行委員長という大役を引き受けさせていただくことになりました。

2. 交流会の内容
第14回障害者問題全国交流会は、9月19・20日(金・土)の二日間に渡って、明治学院大学で行なわれます。
初日は分科会の日です。
13時から18時までの5時間に渡って、一つの事例を学び、深め合います。
中小企業家同友会の勉強会の特徴は、講師の話を聞いたり、講師に質問をするだけでなく、7・8名ぐらいのグループに分かれてグループ討論を行なうことです。
「グループ討論」という名前ですが、実際には、講師の話を基点とした意見交換会、ミニ交流会です。
参加者は一人一人がそれぞれ異なる経験を持ち、各自の経験に基づく考え方を持っています。それら、自分とは異なる立場の方、異なる経験や意見を持った人達と交流することにより、自分自身の考え方をより深いものへと育てていくことができます。
今回は、参加者の多くは中小企業家同友会の会員、つまり企業経営者です。
ですから、もしも読者のあなたが別の立場の方だとすれば、この交流会はほかの障害者関連のセミナーや集会では決して得られない素晴らしく新鮮な体験を得られる場だと思います。
初日の夜は懇親会です。
懇親会の場で、より深くいろいろな方々と交流することができます。
この交流会の参加費は、懇親会費込みで1万3千円となっています。
二日目は、午前中が全体でのパネルディスカッション、午後が記念講演です。
パネルディスカッションでは、交流会のテーマそのもの、
人間尊重の社会を目指して~今できることを一つずつ
を目的として、私たち一人一人が障害者と共生できる人間尊重の社会を作るために今何ができるのか、何をすればよいのかを具体的に浮彫にして行きます。
人はそれぞれ現在の立ち位置が異なります。ですから、Aさんにできることであっても、Bさんには難しいことかも知れません。
ですから、「皆さんこれを行なってください」と一律になすべきことを提起するのではなく、一人一人が自分の立場なら今何ができるのかを自分で考え、見出すことができるような会にしたいと考えています。

午後の記念講演は、中国人として日本でビジネスを大成功させた宋文洲さんのお話を聞きます。
お話の内容は、ビジネスのことが主眼ではなく、「人間尊重の社会を目指して」という交流会のテーマに沿ったお話をお願いしています。
一流のビジネスマンが障害者や障害者を取り巻く社会に対してどのような考え方を持っているのかを楽しみにしていただければと思います。


3. 分科会の概要
それでは、初日の六つの分科会を簡単に紹介します。

【第1分科会】《京都同友会》
能力主義をよしとしない経営をめざして~地域の障害者の力を経営に生かす
報告者:株式会社 大槻シール印刷 代表取締役 大槻裕樹氏
 同友会の経営者なら誰でも目指す経営指針の学びを深める中で障害者雇用へと進んだ実践報告です。
 雇用しているのは聴覚障害者です。

【第2分科会】《愛知同友会》
目指すは「誰でも働ける共生の会社」づくり~意欲さえあれば必ず出番が待っている!!
報告者:有限会社 進工舎 社長 田中 誠氏
12名の社員のうち4名の障害者を雇用して経営している鉄鋼業の田中社長、10年前に障害者雇用を始めてから一人も辞めていない共生職場の秘訣をお話頂きます。社員二人も報告に立ちます。

【第3分科会】《沖縄同友会》
新しいしくみと仕事づくりで、自立支援を!~横請けという連携で、プロになれるお掃除隊
報告者:有限会社 やんばるライフ 専務取締役 比嘉 ゑみ子氏
沖縄で清掃業を営む比嘉さん、すでに7名の障害者を雇用していますがさらに障害者の働く場を広げたいと地域の授産所に清掃の指導員を派遣、育った障害者をお掃除隊に組んで仕事を出しています。

【第4分科会】《広島同友会》
“旅”を通じ高齢者・障害者もいきいき生活を~すべての人に幸せが見える地域社会づくりを一緒に
報告者:昭和観光社 社長 平森良典氏(バリアフリー旅行ネットワーク会長)
リハビリに励む高齢者や障害者に旅行というモチベーションを提供、実際にリハビリの進んだ人達を連れて旅に出ます。旅を通じて人生の感動を味わい、前向きな生き方をさらに求める障害者・高齢者の物語です。

【第5分科会】《東京同友会》
私たちは働きたい、働ける~働く障害者とディスカッション~
コーディネーター:ローヤルエンジニアリング 代表取締役 河原八洋氏
三つの企業から社長さんと現場で働く障害者を壇上に。障害者がどのように働き、経営者がどのように考えているのかを学びたい方のために企画した障害者雇用を考える入門コースです。

【第6分科会】《東京同友会》
産学共同企画 立場を超えて考える共生社会~中小企業の障害者雇用の実践と大学の研究成果から学ぶ
報告者:有限会社 高田紙器製作所 代表取締役 高田照和 / 明治学院大学 社会学部社会福祉学科3年 斉藤未季氏 / 明治学院大学 社会学部社会福祉学科3年 子島 彩氏 /コーディネーター:明治学院大学 教授 八木原律子氏
 3名の知的障害者が働く高田紙器に明治学院の大学生がインターン実習、学生の目から見た働く障害者の現場報告です。

いかがでしたでしょうか。
興味を持っていただけた分科会がありますでしょうか。
交流会の最後には、二日間の学びを経て得られた成果を交流会宣言として採択する予定です。
どなたでも参加できます。
会社の経営者たちに訴えたいことがある皆さん大歓迎です。
分科会のグループ討論の場で、是非同じテーブルの社長さんたちに良い影響を与えてください。

第14回障害者問題全国交流会ホームページ
http://shozenko.org/

参加登録
http://www.tokyo.doyu.jp/tokyo-doyu3/meeting.php?mid=2
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by amedia  at 11:22  | Permalink

メディア変換の効用-夏休みの読書の奨め

 「メディア変換」といっても、コピーするとかそういう単純なことではないんです。

 日本語版のハリー・ポッターの最終巻が発売になり、待ってましたとばかりに書店に走った人は多いことでしょう。今は、スキャナとOCRソフトを使って、とりあえず読書をすることができますから、音訳・点訳が上がる前にザザッと楽しめます。私の周りにも発売初日にgetした視覚障害者の友達がいました。

 いっぽう、長い本を読むのは苦手という人の中には、映画化を心待ちにしている人も少なくないでしょう。そんな人は、もう2年くらいは待たないと結末にたどり着けないということになりますが、それでもネタバレ発言に必死に耳をふさぎながら、映画の完成を待つのでしょう。

 ハリー・ポッターシリーズに限らず、小説から映画へ、小説からアニメへ、漫画からアニメへ、等々、メディア変換も多様化しています。 また、晴眼者の方で、「小説はどうも…」という方が、ある作品を漫画で楽しめるようにすることを、最近では「コミカライズ」などというようになり、個人のニーズに合った作品鑑賞の幅が広がってきました。

 このように、複数のメディアで世に出てくる作品が増えている中、視覚障害者として注目したいのが、「ノベライズ」というメディア変換です。漫画やアニメ、映画などのビジュアル的要素の強いメディアで
初登場する作品たちは、面白そうな内容の物があっても、私たち視覚障害者が十分に内容を把握するには至らないことが多いのです。それを、小説という形に変換してくれる「ノベライズ」により、
スキャナとOCRでも、音訳・点訳でも、とにかく読むことができるようになります。
ノベライズ担当者の文章力と感性に追うところが多いので、その出来・不出来の違いは出てくるものの、
誤解のない形でストーリーを把握することはできるわけです。 視覚障害者にはお馴染みの「ないーぶネット」にも、そうしたノベライズ本の点字データが多く蓄積されているので、私は大いに活用しています。

 そんな私が最近最も楽しんでいるのが、海外TVドラマの人気シリーズ「24-TWENTY-FOUR」のノベライズです。友人に勧められて読み始めたこのシリーズは、アメリカのCTU(テロ対策ユニット)ロス支局のチーフ捜査官ジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)が、死に物狂いで活躍するシリーズです。着うたのCMで「俺はジャックバウアー、なんだかんだ死なない♪」と歌っていたのを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。元来はファンタジーやSFのほうが好きな私ですが、このスリルとサスペンスとアクションと熱さに満ちた作品には文句なくはまりました。 ドラマでは、リアルタイムで時間が流れていくようにできていて、1回1時間で、1シーズン24回、つまりストーリー上は24時間きっちりで収まるようにできているのです。 ノベライズでも、これに準じていて、一つの章は1時間分ずつでできていて、小見出しも全て「何時何分」という形で構成されています。しかも、どの章もラスト近くにどんでん返し的な盛り上がりが作られているので、読書を中断しづらいことこの上ない作品なのです。

 次に、この小説の元になっているTVドラマを観たくなり、レンタル屋さんに走って観始めたら、これがまた、ノベライズ版でストーリーを知ってるはずなのに、止められないのです。

 音声ガイド付きの映画を観る機会が増えていますが、こうしてノベライズを読むという手段で、ビジュアル的メディアを、少し違う角度から触れていくというのも、新たな楽しみになるのではないでしょうか。 これ以外でも、漫画→アニメ→小説という形で、私たち視覚障害者が楽しめるところに近づいてきてくれた作品はいろいろあって、「ワンピース」「ハンター×ハンター」「鋼の錬金術師」「ガンダムseed」など、私もずいぶん読みふけったものです。 夏休みも半ばに差し掛かってきた昨今、 学生の皆さんはそんな読書にはまってみるのも良いのではないでしょうか。楽しい本を読めば、読書感想文を書くためのパーも生まれてきますよ。「褒められる感想文」を目指すのではなく、
「友達も先生も、その本を読みたくなるような、感想付き紹介文」を書くつもりで、気楽に感想文を書いてみましょう。
 もちろん、大人の皆さんも、どうぞこんな余暇の楽しみ方にはまってみてください。

 なお、「ないーぶネット」の利用については、お近くの点字図書館にご相談ください。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



障害者や高齢者に優しいWEBサイト作り「ウェブアクセシビリティ入門」

by amedia  at 12:56  | Permalink

福祉コラム「車いすユーザーの目線で考えること」を読んで

http://tinyurl.com/58j7yz

ここに書き込むのは、久しぶりではないかと思います。

 さて、前前前回の福祉コラムで、車椅子ユーザーの話題が出てましたが、
実は今車椅子ユーザーと住んでます。
彼女は、15年前に怪我をして、脊髄(せきずい)損傷になったわけです。
その彼女と、去年の夏にとあるパーティーで会いました。
最初はそんなつもりではなかったのですが、遊んだり話をしたいりするうちに、
だんだん惹かれあうようになったわけです。
そこで、彼女と歩いてみてわかったのは、
公共交通機関(例えば電車)を利用しようとするときには、
駅員の補助がぜったい必要だということ
ヘルパーさんにいろいろ用事をしてもらうとき
例えば家事などでは、動かされたものがどこにいったかわからなくなるので、
同じ位置に戻してもらうのが大耳だということ
(これは、視覚障害者も同じですね)
出かけるときには、車椅子トイレがあるかどうかチェックすること
駐車場のこともありますね。
それをちゃんとクリアすれば、どこでも行くことができます。
彼女は車を運転するので、ほんとに助かります。
わたしは車が大好きなので、外国者のディーラーなどにはよくいきますが、
彼女いわく、「わたし一人で行ったのでは、
あまり良い耐応ではないんだけど、あんたが行ってくれれば、
また違った見方をしてもらえるわ」とのこと。
どういうことかというと、所詮車椅子使用だから、
わがままを言われるようなイメージなんでしょう。
わたしは少々は車の知識があるので、そうすると、
障害者でもこれだけ車を愛してくれるのか、と
思ってもらえて、それがディーラーの側には嬉しいのだと思います。
わたしがいいたいのは、おたがい助け合えば、
価値が幾分が違ってもどうにかくらせるということです。
おわり


日本初の実用的視覚障害者向け印刷物読み上げソフト「ヨメール」

by amedia  at 15:52  | Permalink

マジでびっくり!-発想の転換

 昨日7月30日の東京は、前日までの猛暑を物凄い雷雨に断ち切られたからか、かなり過ごしやすいちょっと涼しい日となりました。しかし、私たち演劇結社ばっかりばっかりの稽古場としている東京都障害者福祉会館は、連日の猛暑のせいか、館内の冷房がダウンしてしまい、職員さんに「扇風機をご用意しましたけど、お水を沢山飲んで、脱水症状にならないようにしてくださいね」と心配される状態になっていました。 夕方6時頃会館に到着したとき、玄関前の外のスペースにはとても気持ちの良い風が吹き渡っていて、このとき私は思わず、「あら、ここなら良い風がくるし、中で朗読の稽古をするより、ここでやったほうが涼しくて良いじゃない?」とはしゃいでしまいました。すると、主催でもある私のパートナー氏(晴眼者)が、「…あのね、ここじゃ僕たちは暗くて字が読めないでしょ」と笑って言うのです。あぁー!そうか!!」私もその言葉で気づいて大笑い。私は、完全にマジボケで、自分が何の支障もなく点字原稿を読むことができるものだから、目で読む人の不自由さを失念していたのでした。 そのとき、パートナー氏の言った一言が、なかなか振るっていたのです。 「僕らは、点字使用者から見ると、いわば“明るさがないと読めない障害者”だね。」 ちなみに、「読めない」の「い」の字は下げないで、「障害者」の「しょう」の字と同じ高さでつなげて読んでみてくださいね。そうするとニュアンスが伝わるかな? なんだか長ったらしい名前の障害ですが、言い得て妙というか、「なるほどなぁ!」と感心してしまいました。もしも、この世界が真っ暗だったら、少なくとも視覚の障害においては、そのハンディキャップが逆転してしまうわけです。もちろん、人間は環境に順応する生き物ですから、その状態が長く続けばみんな視覚以外の感覚を研ぎ澄まして生活することにも慣れていき、やがては視覚のハンディそのものが消えて、一緒になっていくのでしょうけれど。
 そこで思い出したのが、下記の二つのイベントです。両方とも、現在は開催していないので、今後は逃してしまわないようにそれぞれの動向を見守っていきたいものです。
 一つは、「Dialog in the Dark(ダイアログ イン ザ ダーク)」です。
 これは、1989年にドイツのアンドレアス・ハイネッケさんという方が考案された、「真っ暗な中で、視覚以外の感覚を高めながら、楽しく過ごしてみよう」というような、芸術性溢れる体験型展覧会です。暗くて広い空間の中に、森や牧草地や街並みを作り、その中を3人一組になり、視覚障害者の案内人に導かれながら探検し、最後には、暗い中で、ジュースなど飲んで一息ついて終了、といった、約1時間ほどの
コースのようです。
 日本でも、1999年から毎年実施されているようで、非常に人気の高いイベントになっているそうです。 晴眼者の方に楽しんでいただくだけでなく、視覚障害者自身がアテンドスタッフとして活躍できることも魅力の一つとなっています。 現在、日本での主催者となっている「NPOダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン」では、このイベントの常設展示に向けて準備しておられるようですので、その動きにも注目していきたいと思います。
 もう少し詳しくお知りになりたい方は、下記HPをご参照ください。
http://www.dialoginthedark.com/index.html

 もう一つは、スイスの視覚障害者の牧師さんが考えたという「クラヤミ食堂」です。これは、元々は「暗い中で食事をしてもらい、視覚障害の疑似体験をしてもらうことにより、視覚障害者への理解を深め、雇用の拡大につなげたい」との想いから始まったイベントらしいのですが、日本では「こどもごころ製作所」というところが、昨年から、体験型イベントとして、ときおり行なっているようです。主に、東京都港区赤坂にある「テーブルスタジオ タキトー」というところで行なわれているようですが、残念ながら、夏休み体験イベントが、ちょうどつい最近終わってしまったばかりのようで、次の開催予定が分かりません。
 こちらは、体験した人が身近にいないので詳しいことは分かりませんが、変な物を食べさせる「闇鍋」とは違い、ちゃんとしたフルコースメニューを、「これはなんだろうね」と参加者同士がわいわい語り合いながら味わっていくという、これまた楽しそうなイベントになっているようです。フルコースですので、それなりのお値段のようですが、機会と予算の都合が合えば、私も晴眼者の友人と参加してみたいなと思っ
ています。
 こちらの企画は、以下の二つのHPを参考になさってみてください。

http://www.kodomogokoro.jp/wsarchive/cat33/
http://www.sowxp.co.jp/kurayami

 以上、今回は“明るさがないと読めない障害者”という名言(?)から思い出した
二つの体験型イベントをご紹介してみました。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

町で出会ったら気軽に声をかけましょう!目の不自由な方への声かけカード

by amedia  at 15:42  | Permalink

障害者と親戚付き合い

 今朝、実家から連絡があり、本誌247号で紹介した百歳の祖母の
具合があまり良くないと知らされました。
とても元気で食欲も旺盛だという話をしていたのがつい2ヶ月前だったのに、
この暑さがこたえたらしく、入院騒ぎにまでなっているということなのです。

 そして、ああ、また母から言われてしまいました。
 「あんたが会いに行ったって、先方(祖母と暮らしている叔父家族)に
迷惑かけちゃうから、パソコンでお手紙書いてお見舞い替わりにしなさい。」
 普通のときなら、そんなことは言わないのですが、
弱っている家族を看なければならない状態では、目の見えない私が行くと、
さらに面倒を見なくてはならない存在が増えてしまうからということなのです。
 理屈としては、よーく分ります。けれど、介護の手伝いすらできない、
というか当てにされず、あまつさえ邪魔になってしまうというのは、
なんとも情けない話です。

 同じ視覚障害者の人でも、同居する家族内に介護を必要とする
病人がいる場合は、そうとう訓練や工夫をなさってのことではあるのでしょうが、
自力でなんとかしておられるケースを多く見受けます。
 ただし、恐らくそういう方でも、他所のお宅での介護は、
なかなか引き受けることはできないでしょうし、
任せてもらうことなど考えられないことなのではないでしょうか。

 これは、介護の話や他所のお手伝いに限ったことではありません。
 私の父は8人兄弟の長男だったので、実家のお盆やお正月や法事などには、
叔父・叔母・いとこなどがわんさと押し寄せて、家中人だらけになります。
 こうなると、いつもすいすい動き回れる家の中でも、人を避けたり、
特別に出されたテーブルなどにつまずかないように気をつけたりしながら、
おたおた、おたおた行動することになります。
 台所を手伝おうと思っても、母以外に何人もの叔母がさっさか立ち働いていて、
入る隙がないどころか、うっかり踏み込もうものなら
完全に邪魔することになってしまいます。
 それでも、小さい頃なら、隅の部屋に逃げ込んで、
そこに入ってきてくれる従姉妹(いとこ)たちと、
着せ替え人形などを作って遊んだりして、
格好も付いたし実際楽しく過ごすこともできていました。
 でも、大人になってみれば、今度はテーブルの片隅に座り、
にこにこしてることしかできないのです。
 そんな私は、きっと親戚の人たちの目には、
「何もできない可哀想な人」と映っていることでしょう。
まぁ、ピアノが弾ける歌のお姉さん程度には評価してもらってる
かもしれないのですが。

 そして、あるとき気づいたのですが、私は祖父母の葬儀には出席したものの、
それ以外の親類の冠婚葬祭のときには、いつもお留守番だったのです。
 それに気づいたときには愕然としましたが、紛れもない事実です。
 以前、色素の薄い病気で弱視になったという友人から、
「私は見た目ですぐ障害が分っちゃうから、
家柄のいいお医者さんのところに嫁いだ姉の結婚式には出席させて
もらえなかったし、その家の人たちが訪問してこられたときには、
奥の部屋に押し込められるんだよ」と話しているのを聞いて、
大変憤慨したことがあったのですが、気づいてみれば、
私も似たり寄ったりな経験をしてきていたのでした。

 親戚付き合い。それは、障害者にとって、
ある意味永遠の課題かもしれません。
 もちろん、理解のある親戚に恵まれている方も多くおられるでしょうが、
私の周りではわりと私と同じような経験をしている人が多く見受けられます。
 幸い、今はこうしてパソコンを使えば、
自力でできることがいろいろ増えているので、
「ただ何もできないわけではない」ということを知ってもらう
機会も与えられているわけです。これからも、自分ができることとして、
いろいろクリエイティブなことにチャレンジしたりしながら、
いつか親戚の目にも触れて、少しは認めてもらえるようになると良いと思っています。
 ということで、まずは、「退院させてくれねがったら、
病室から飛び降りっから!」とだだをこねているらしいおばあちゃんに、
パソコンを使って、お見舞いのお手紙を、
心を込めて書いてみようと思っているところです。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



デイジーもあり~視覚障害者のスキルアップに役立つ各種録音図書

by amedia  at 15:30  | Permalink

十人十色-偉能力者でもダメ人間でもないんです

 一口に「視覚障害者」と言ってしまうと、
どんなイメージが湧いてくるのでしょう。
 ある人々は、「座頭市(ざとういち)」みたいな偉能力者を想像し、
「目が不自由な分、他の感覚が鋭くなっているから、
なんでもできちゃうんですね!」などと買い被ってしまう。
またある人々は、自分が目を閉じて何かをすることを想像し、
「視力がない=何もできない」などと決め付けてしまう。
 いずれにせよ、両極端なイメージが多く見受けられるような気がします。
 本当は、「目が見えない」ということ以外では、
一般の健常者と同じように、それぞれの性格、
それぞれの能力は千差万別なのです。
だから、金子美鈴さんの詩の一説「みんな違ってみんないい」の
フレーズが大好きです。
 こういう話は、ずーっと前にも書いたことがあったと思いますが、
改めて書いてみたくなりました。

 そんな気持ちにさせてくれたのは、阿川佐和子さんの
 「婚約の後で」という小説を読んでいるからなのです。
 まだ読了してはいないので、この先どうなるかはわからないのですが、
この小説の途中に、全盲の素敵な女性が出てくるのです。
いや、そういう人が登場してくるとも知らずに読み始めたので、本当に驚きました。
 小説や映画、戯曲などの作品で描かれる視覚障害者は、
最初に述べたような両極に描かれることが多いのですが、
阿川さんの書かれたこの小説は、
本当に等身大の視覚障害女性が良い感じのポジションで扱われているのです。
 ネタバレにならないように書くのは難しいのでかいつまんでの説明になりますが、
年齢30歳くらいで、翻訳の仕事をしているこの女性が語ることの中に、
「同じ視覚障害の中でも、耳の感覚に優れている人や、
空気圧を感じて広さを認識できる人もいる」というように、
視覚を補う能力の中でも、人によって得意不得意があることが出てくるのです。
阿川先生、さすがです!!
 予断ですが、音声化ソフトとパソコン、スキャナ、点字ディスプレイ、
読み上げ機能のある携帯電話などを使っている彼女の生活の細部まで、
とてもよく調べて書かれていて、
さらに作者阿川先生の見識の高さに驚かされました。

 実は、私も、最近友人に話していたところだったのです。
 「私は、耳はそこそこ良いし、触覚もかなり鋭いほうだけど、
平行感覚とか水平感覚が鈍いのよ。
だから、スプーンですくった液体は口に運ぶ間にこぼれるし、
うっかりするとお椀やカップの中身もいつの間にかこぼれてたりするの。
でも、そういうことが得意な全盲の人もいるし、
逆に聞こえてるはずなのにどうして音の識別があまりできないんだろうとか、
どうして触地図がちゃんと認識できないんだろうと思うような人もいるんだよ。」
 そんな話をした相手から知らされた面白いこともありました。
なんと、私は、一般の人たちより、関節技がきめられにくいらしいのです。(笑)
 要するに、その友人が私の手なり腕なりに関節技をかけてくると、
私は瞬時にというか、反射的にそれを回避するのですが、
その反応が異常に早いらしいのです。
いわく「皮膚感覚で察知する」のだそうです。
「柔道やったら?」の言葉を笑って交わす昨今です。

 話が少し(だいぶ?)横に反れましたが、とにかく、障害の有無に関わらず、
十人十色ですから、人に対するイメージは、柔軟な気持ちで描いていけたら、
世の中の誤解もかなり減るのではないかと思っているのです。

 最後になりましたが、ないーぶネットで調べた情報です。
 話を引用した阿川佐和子さんの「婚約の後で」ですが、
点字データが着手になっています。
また、カセットの図書・デイジー図書は完成になっている物が多いようでした。
 変な書き方ですが、点訳も音訳も「あれ?」と思うほど
重複製作されているようなので、こんな紹介になってしまいました。
ちょっと労力がもったいないですね。
 視覚障害者のお話がメインではないのですが、ご興味を持たれましたら、
ぜひ読んでみてください。
 七人の女性の立場から、一つのお話を紡いでいく中の
 「そら」という女性のお話です。

 なお、原本の情報は以下の通りです。

阿川佐和子著「婚約のあとで」
ISBN:978-4-10-465503-8
発売日:2008/02/29


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



点字、インターネットなどの視覚障害者の情報文化や偉大な先駆者の業績を紹介~盲人の歴史

by amedia  at 17:31  | Permalink