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春うらら
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先週の福祉コラムを読んで

あれは、いつだったでしょうか。家族で買い物をしていて、金を払うため、キャッシャーにいると、店のスタッフさんが「出しましょう」と言ってわたしの財布をわたしの手から持って行った」ことがありました。一瞬の出来事だったのですが、おもわず「自分で探すので」と言いました。これは気分の良いものではありませんね。その時後ろから親父がきて、店のスタッフさんに「自分で探すといってるよ」と言ってくれたので、助かりました。それ以来、親父と出かける時、わたしにスタッフが話しかける場合は、親父は少し離れた所で見ています。そして危ないなぁと思ったら、出てくるようにしています。

 似たような経験で、バスに乗りました。シートに腰をかけて、あの時は冬だったので、手袋をジャンパーのポケットに入れようとしたら、隣にいた人がかってにポケットを開けるんです。その頃のわたしは、まだ若かったので、その手をたたいてしまいました。そして、「やめてください」と強い口調で言ったことがありました。その人は「なんでも自分でやると言うことだね」と言って引っ込んでくれましたが、これも嫌な思いをしますね。
 このようなことは、上げればきりがないのですが、このへんで。

齋藤様より

by amedia  at 11:29  | Permalink

私の読書ライフ

ボイスセンスを手に入れてからというもの私は読書をするようになった。
現在私が所蔵している本は千冊を超えている。
それもすべてナイーブネットからダウンロードしてきたものである。
それまではデイジーに頼っていたのだが、点字の新しい使用法を見つけて以来闇付きとなっている。
ボイスセンスが持ち運べるのでいつでも、どこでも本が読めるという気軽さが私を読書の世界へと引き込ませたようだ。
学生のころ図書館で点訳してもらった車いすに関する本を一気に読んでからというもの本なんてまともに読まなかった。
しかし、視覚障害者の世界にも、デジタル革命がやってきたようだ。
それまで、点字は本で読むもの・紙の上で書くものと考えられてきたのが気がついたときには点字を耳で聞いたり・機械で6点入力してデータ化する時代になったのです。
そして2007年に始まった、サイトワールドは日本の視覚障害者に世界の今を教えると同時に新しい時代の夜明けを告げたのでした。
同じ年の暮れ私は家族に頼みこんでボイスセンスを手に入れたのです。
そしてナイーブネットを積極的に使いながら読書の面白さを知ったのです。
それだけではなく、音楽をBGMにして読書をするという新しい方法も生み出してしまいました。
最も、このときに聞く音楽は歌の入っていないものでイージーリスニングを中心とした「スムースジャズ」や・ピアノ演奏などをインターネットラジオを通して聞いています。
すると面白いように読書も進むのであります。
点字が生まれて今年で200年となります。
点字がすたれてしまうという危機感はいまだにぬぐえたわけではないけれど新しい使用法をもっと普及させていくことも点字使用者としての大切な使命だと私は考えています。
私はこれからも、地道に点字を普及させることをしていこうと思っています。
点字ディスプレイを始めとする視覚障害者用機器を開発・販売してくださる様々な方へ感謝を込めて。

2009年11月三日 ペンネーム ヤノ、ケン

by amedia  at 16:00  | Permalink

視覚障害者の新しいパズル

視覚障害者の新しいパズルを開発し、販売、寄贈を行っています。
パズルは、磁石を埋め込んだ複数の幾何的形状の木片を動物、建物などの形をした発砲スチロールや厚紙などのシルエットに組み合わせるゲームです。シルエットの下に鉄板をおきます。
詳細はブログに紹介しています。パズルの好きな方は
toiuchi@yahoo.co.jpにご連絡ください

by amedia  at 16:10  | Permalink

福祉コラム「車いすユーザーの目線で考えること」を読んで

http://tinyurl.com/58j7yz

ここに書き込むのは、久しぶりではないかと思います。

 さて、前前前回の福祉コラムで、車椅子ユーザーの話題が出てましたが、
実は今車椅子ユーザーと住んでます。
彼女は、15年前に怪我をして、脊髄(せきずい)損傷になったわけです。
その彼女と、去年の夏にとあるパーティーで会いました。
最初はそんなつもりではなかったのですが、遊んだり話をしたいりするうちに、
だんだん惹かれあうようになったわけです。
そこで、彼女と歩いてみてわかったのは、
公共交通機関(例えば電車)を利用しようとするときには、
駅員の補助がぜったい必要だということ
ヘルパーさんにいろいろ用事をしてもらうとき
例えば家事などでは、動かされたものがどこにいったかわからなくなるので、
同じ位置に戻してもらうのが大耳だということ
(これは、視覚障害者も同じですね)
出かけるときには、車椅子トイレがあるかどうかチェックすること
駐車場のこともありますね。
それをちゃんとクリアすれば、どこでも行くことができます。
彼女は車を運転するので、ほんとに助かります。
わたしは車が大好きなので、外国者のディーラーなどにはよくいきますが、
彼女いわく、「わたし一人で行ったのでは、
あまり良い耐応ではないんだけど、あんたが行ってくれれば、
また違った見方をしてもらえるわ」とのこと。
どういうことかというと、所詮車椅子使用だから、
わがままを言われるようなイメージなんでしょう。
わたしは少々は車の知識があるので、そうすると、
障害者でもこれだけ車を愛してくれるのか、と
思ってもらえて、それがディーラーの側には嬉しいのだと思います。
わたしがいいたいのは、おたがい助け合えば、
価値が幾分が違ってもどうにかくらせるということです。
おわり


日本初の実用的視覚障害者向け印刷物読み上げソフト「ヨメール」

by amedia  at 15:52  | Permalink

自立から相互依存へ

スティーブンR.コビー博士の著書「七つの習慣」の中に、
人は依存から自立、自立から相互依存へと成長していくと書かれている。
私は、これを読んだとき、非常に感銘を覚えた。
というのは、私はこれまで自立に向かって必死で頑張ってきた感があるが、
何か腑に落ちない思いだったからだ。
自立こそ大切なものと考えていたが、
自立の先がさらにあることに感銘を受けたのだ。
そして、この感銘は、高校生の頃にラジオ番組の
「心のともしび」で聞いた言葉を思い出させてくれた。

多くの親は「人に迷惑をかけないように」と子供を教育するが、
「私達はお互いに迷惑を掛け合いながら生きている」
「迷惑をかけないこと」よりも、
「他人の迷惑を許容していける人になりたい」こんな内容だったと思う。

相互依存の状態は、自立した者同士で成り立つ関係である。
片方が一方的に依存する存在なら、「相互依存」にはならないからだ。
私は、目が見えないために、常に人の手を
借りずにどこまでできるかということに意識を集注してきた。
それが「自立」だと思い込んできたからだ。
しかし、会社経営者になった今、この「一方的自立」のマインドは
むしろ大きなマイナスだということに気付いた。
社長一人では何もできない。
社長は社員に動いてもらい、取引先に利害関係を梃子に
手伝ってもらってはじめて事業を成功させることができる。
今私は、「相互依存」の門をくぐろうとしている。
50歳にして人生が大きく展開する予感で、
非常にわくわくして毎日を送っている。

「7つの習慣―成功には原則があった!」
http://tinyurl.com/29pxda

望月優


介護・福祉報道を障害者コメントで切るメルマガ「週刊福祉情報」

by amedia  at 17:13  | Permalink

小さな想いやりが、大きな支援を生む。

はじめまして、私はディスレクシア(読み書き障害)です。現在は、学習障害(LD)という概念が特別支援教育が始まり、世の中に広まりつつありますが、
私がディスレクシアだと知ったのは、一昨年のことです。21歳の時のことでした。私は何度も、アルバイトを試みる度に躓いてきました。
全てがディスレクシアのせいだとは思いませんが、「うまく読み書きができない」というのが、アルバイトのマニュアルを読む時も不安材料になっていたのは事実です。
そして、一生懸命読んでも、文章を覚えていられない。だから、また、懸命に読み直すけれども、今度は読み飛ばしてしまったりしてしまう。でも、一番辛かった事は、
中学生、高校生になると「読み書きができてあたり前」という前提で、様々なことが進んでいきます。その中でそれを必死で「隠し続ける」という作業でした。
字の上手い下手、読むことが上手い下手というのはあるのだと思いますが、それ以前に自分で書いたノートですらも良くわからないし、教科書もよくわからない。
それに指示が上手く聞けず、いつも、何を言っているのかよくわからなくて、内心びくびくしていたのを覚えています。そして、高校2年の秋に不登校になりました。
どんどん、ノートを書く量、本を読む量ともに増えていく一方で、バーンアウトしてしまいました。それから、引きこもりも2年ほどしました。しかし、現代はIT社会であるので、
だいぶ楽に生きれるようにはなってきているのだと思います。しかし、問題は、今も「読み書きができない」ことで苦しみ、悩んでいる人達が沢山いることを肝に銘じていかなければなりません。これは、早急に対処しなければ、私のように2次障害を起こし、傷がなかなか治りにくくなってしまう。そうなると、余計自分の首を絞める結果になってしまいます。それでは、辛すぎる。そうなる前にできることは沢山あるのだと思います。そして、当事者達も新しいものばかり求めて、「支援がない。理解がない。」とばかり、叫んでいてもしょうがないことだと思っております。私達は、チャレンジド・ラーナーなんです。時代の被害者なんかじゃない。もちろん、加害者でもない。私達が意見を述べていく事は大切だと思います。しかし、もし、私達が行政批判など不平不満ばかり並べていたら、きっと、また違う人達が被害者になり、私達は加害者になります。だから、全てを自分達の思い通りの社会にすることは不可能であると考えます。もちろん、自分自身で、そのような環境を創る事は可能だと思います。しかし、なんでもかんでも、人様にやってもらおうというのは何か違う。自分自身で生きていく力をつけていくことこそ、大切な要素なのです。その延長線上に「支援」があります。そこで、今、盛り上がってきている「ユニバーサルデザイン」をうまく活用して、学習障害であっても、視覚障害であっても、その他の障害があっても、誰もが「これ便利だね!」と思えるものをうまく活用して、その活用する事も許してもらえるような環境整備をしていただくことで、なかなか就労できない軽度の発達障害を持っている人達が働きやすくなるのだと思います。決して、仕事自体が「楽」になるわけではなくて、働くやすくなるということ。少しの想いやり、優しさが大きな支援に繋がる。これを皆さんには知っておいていただきたいと思います。


ゲーム感覚で自然に点字が身につく点字学習ソフト・ろくてん満天

by amedia  at 11:01  | Permalink