バリアが外れていくとき(其の四-最終回)
7月16日~20日まで上演された『改造人間哀歌2』関連のお話しの続きです。
最終回の今回は、いつもの倍の長さになってしまいました。時間のあるときに、ゆ
っくりお読みください。
千秋楽の後のウチアゲは、やはり大盛況でした!
私も、この世界に入るまで知らなかったのですが、芝居の公演の千秋楽のウチアゲ
って、どこでもオールナイトのようです。
宴会が得意ではない私は、毎回割りとうんざりしてウチアゲに臨むのですが、結果
的にはいつも楽しんでしまうのです。
今回も、視覚障害者は私一人だし、馴染めなかったらどうしようと思うと、ウチア
ゲに対してはずっしりと重たい気持ちで臨まねばなりませんでした。しかし、相方鈴
木大輔の顔を潰してはならないし、なんとかにこやかにしていられるよう努力せねば
などと、「我慢、我慢」といった感じで気合を入れました。ところが、見事にそんな
想いは吹き飛ばされることになったのです。
佐々木さんの乾杯の挨拶に続き、どの劇団でも恒例となっている「大入り袋(おお
いりぶくろ)」の分配となりました。これは、お客さんがたくさんきてくださったこ
とを祝しての習慣で、ポチ袋に「ご縁がありますように」の5円玉を入れた物を、そ
の場に居合わせた出演者とスタッフ全員に配るものです。この中身はできるだけさっ
さと使ってしまうのが善しとされています。それは、「お金を留めない→動かす→新
しい役を回してもらえるようにする」という縁起担ぎです。その替わり、ポチ袋は大
事に取っておく。これが大入り袋の儀式なのです。
これを配るとき、受け取った人は、順番に挨拶をするのです。
私も、皆さんにお世話になったこと、自分自身がとても勉強になったこと、そして
毎日佐々木さんにお気に入りの飴を差し上げて喉のケアーにちょっぴりだけ貢献でき
たのが嬉しかったことなどいろいろお話ししました。佐々木さんは、「いつもありが
とね。助かったよ」と優しく声をかけてくださいました。
この儀式の後は、もう三々五々、いろんな人々と話し込むことになりました。
印象に残った人について書いてみます。
まずは、「仮面ライダー」シリーズなど多くの特撮作品やドラマのプロデューサー
として、また映画監督・助監督としても活躍されてきた平山亨さん。この方は、もち
ろん佐々木さんのお客様として千秋楽の公演をご覧になっていらしたのですが、実は
少し前に骨折なさっていて、松葉杖を使っていらしたのですが、階段しかない2階に
ある劇場まで、頑張って上がっていらしたのでした。御歳80歳ということも考え合
わせると、そのバイタリティと愛の深さに頭の下がる想いでした。
相方鈴木と共に、この方とじっくりお話しすることができました。
ご自分が深く関わってこられた「仮面ライダー」を心から大切になさっておられる
平山氏は、ライダーシリーズにインスピレーションを得て作られた今回の作品『改造
人間哀歌』に大変感動され、こちらもエレベーターなしの地下にあるウチアゲ場所の
居酒屋へもお越しくださり、涙を流しながら熱い想いを語ってくださいました。
また、一線を退かれた今は、ご自身いろいろなボランティア活動をなさっていると
のことで、映画や演劇のバリアフリーにも大変関心を寄せてくださっておられました
。
平山氏について詳しくお知りになりたい方は、以下のwikipediaのページをご参照
ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E4%BA%A8
そしてもうお一人、先々週のこの欄でちらっとお話しした、劇場の1階にあるホビ
ーショップの店長さんと、この席でゆっくりお話しすることができました。
彼・今井さんは、私と同じ年頃の男性で、店番をしているときには、よくプラモデ
ルの製作などをなさっているのですが、公演期間中、私のサンダルが2度壊れたとき
、2度ともプラモデル用の接着剤で治してくれた優しいお兄さんでした。
お店ではおとなしげな印象だったのですが、この宴席で、ひょんなことから私と時
代劇の趣味が合うことが発覚。お互いに小学生の頃、父親の影響で時代劇にはまった
という経験を持ち、萬屋錦之介(よろずや きんのすけ)の破れ傘刀舟(とうしゅう
)、中村梅之助(なかむらうめのすけ)の遠山の金さんと伝七(でんしち)親分は最
高だったと大いに盛り上がったのです。
そして私が、「あなたのお店の品物は箱に入ってる物や何十万もするような高価な
フィギアとかマスクなんかなので、触るに触れないけど、本当はTVを観ててもどん
な形なのか把握できない私たちにとって、実際に触れたらどれだけいいかと思う。で
もなかなか買い集めるお金もないし…」と話したら、「うちのお店にある物は、なん
でも触ってもらっていいから、声かけてくださいよ。ちゃんと箱から出しますから」
という信じられないほど嬉しい答えが返ってきました。驚いて、「でも、買えるわけ
じゃないんですよ」と聞き返すと、「何を言ってるんですか。見えないんですから大
いに触っていただくべきですよ。僕は、ぜひちゃんと形を把握してほしいな。お友達
にも言っておいてくださいよ。僕のお店では、見えない人に触らせてあげないなんて
ことはあり得ませんから」と言い切られました。なんて素敵な人なんだろうと、これ
また感動してしまいました。
もちろん、アドレス交換もさせていただきました。
ここで、お店のことをちゃんとご紹介したいのですが、劇場と同じビルに入ってい
ますので、まもなく取り壊しで引越しなさるそうです。新しいお店の場所などが決ま
りましたら、この誌面でご紹介したいと思います。
アドレス交換といえば、出演者やスタッフの人たちとも、この席でお互いのアドレ
スを赤外線でやり取りしました。
せっかくなので、みんなとアドレス交換したいけれど、自分から人を捕まえるのも
難しいし、ピンポイントでお願いしていくのも、もしご迷惑だったら…と考えて、躊
躇していたのですが、思い切って「すみませーん。もし私とアドレス交換してもいい
よっていう方がいらしたら、良かったら声かけてくださーい!」って叫んでみました
。
そしたら、来てくれること来てくれること、隅っこで眠りこけてた人たち以外は、
次々とやってきてはアドレスの交換をしてくれたのでした。
そんなご縁もあって、mixiでのマイミクさんも、その翌日くらいに数名増えていた
のでした。
やはり、友達も幸せの一部だから、「歩いてこない。だから歩いて行くんだね」と
、古い歌の歌詞に歌われているように、自分からアクションを起こさねばならないの
だと思いました。こうやって声をかけておくのは、相手の気持ちを尊重しながら自分
の意思も伝えられるので、なかなか有益な方法なんじゃないかなと思ったりしました
。
他にもいろいろな人とのやり取りを紹介したいところですが、既にそうとう長くな
ってしまったので、ここまでにしたいと思います。
こうして、多くの人たちと出会い、いろいろな経験を積ませていただいた日々は終
わりました。始発の電車が動き出した駒込の朝にふわりと流れ出した私たちは、同じ
方向へ帰る人々と集団下校のように帰途を共にし、山手線→小田急線と乗り継いで行
く中、一人、また一人と散っていったのでした。
最後に、いろいろお礼を言わせてください。
こんな素敵な機会を与えてくれた篠原さん、橋渡しをして引っ張り込んでくれた相
方の大輔、佐々木剛さんをはじめ私を受け入れてくださった出演者の皆さん、スタッ
フの皆さん、当日視覚障害者の誘導に協力してくださった皆さん、そしてご来場くだ
さった皆さん。本当にありがとうございました!!
そして、この長い長いレポートに最後までお付き合いくださった読者の皆様、本当
にありがとうございました!!
次回からは、いつもの単発コラムに戻りますが、今後とも皆さんに楽しんでいただ
けるような物を書いていきたいと思っていますので、宜しくお願い致します。
(『バリアが外れていくとき』 完)
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