医者の本分とは?
先日、友人の出演する芝居を観るため、少し遠出をして、宇都宮線の某駅に降りました。
もちろん、芝居もそこそこ面白かったけれど、もっと印象的な話に出会うことができました。
それは、芝居が始まる前にお昼を済ませてしまおうと入った小さなラーメン屋さんで、のことでした。
このラーメン屋さんのおじさんが大変な話し好きで、ご自分の体験を話してくれたのです。
このおじさん、片目が見えません。
でも、もう片方の目の視野だけで、160度もカバーできてしまうとか。
そして、若い頃、その見えない方の目をなんとか治療してほしいと思って、
当時素晴らしい眼科の博士がいたということで、J.K.大学付属病院を訪ねたそうなのです。
ところが、件の博士に見てもらえたと喜んだのもつかの間、
珍しい眼疾だということで大勢の研修医に見せて説明した後、
何の処置もせずに終わってしまったというのです。
おじさん、すっかりがっかりしてしまって、もう、目のことは諦めてしまったのだそうです。
この話を聞いて、私の中でもくすぶっていた眼科への不満が、久しぶりに沸々と湧きあがってきました。
私も、生後4ヶ月のころから中学2年の秋までの間に、左4回、右6回、計10回の手術を経ましたが、
結局は、完全失明してしまいました。仙台の大学病院での幼い記憶には、特に憶えていることはないけれど、
中学のときに手術を受けた東京の大学病院でのことならけっこう憶えています。
優しげな女性の担当医は、私に対してとても親身になってくれていました。
けれど、手術に関しての決断を下していたT博士は、どこか冷たくて、
自分がモルモットにでもなってしまったような気持ちにさせられたものです。
また、眼科ではないのですが、私は他に、大変症例の少ない障害を持っています。
その手術のため、高校卒業寸前の3ヶ月くらいを、大学病院で過ごすことになったのですが、
このときにも、断わりはあったとはいえ、実験観察の資料用にするため、
裸身をいろいろな角度から撮影されたという経験があります。
話を眼科に戻しますが、もう一つ疑問に思っていることがあります。
それは、整形外科なら、松葉杖の使い方を含め、日常生活に困らないようにするためのリハビリというのがありますが、
眼科で失明してしまったりしても、それにそうとうするリハビリがないということです。
いったい、どれほどの眼科医が、白杖を使った歩行のノウハウをご存知なのでしょうか。
点字が打てる先生は?いえ、そんな贅沢は言わなくても、
音声化ソフトを使ったパソコンについてご存知の先生は?また、見えなくなってしまった人の心のケアをできる先生は?
眼科医本人でなくても、そういうカウンセリングや指導ができる職員を置いている病院はどれほどあるのでしょうか。
医者って、元来、人の病気を治すものですよね。でも、治らなかったら?
どうして病気を治そうとするかというと、患者の憂いを減らし、
快適に暮らせるようにしてあげたいからなんじゃないでしょうか。
それは言い過ぎ?でも私は、そうあってほしいと思うのです。
だから、患部を治そうとすることだけでなく、もう少し視野を広げて考えてほしいと思うのです。
ましてや、実験や観察の資料とかサンプルとか、そんな存在としてだけ見るような医者は、
なんとしても容認できないのです。
そんなこんなの想いを噴出させた私は、このコラムを書くに当たって、少しネットで調べてみました。
そして分ったことは、以前と違い、少しは視野を広げている病院が増えてきているらしいということです。
まだまだ足りないと思うけれど、少しは明るい未来が見えるかなと思いました。
詳しくは、こちらを覗いてみてください。
「視覚障害者リソース・ネットワーク」
http://www2.aasa.ac.jp/people/hkawash/VIRN/inst/LVclinic.htm
片目だけ160度の視野を持つラーメン屋さん、辛い話なのに、なんだかとって
も元気に話してらしたのが印象的でした。
え?ラーメンの味ですか?う~ん……。