可動式ホーム柵の重要性-尊い命を護るため(後編)
前回お話ししたように、視覚障害者に限らず、多くの人々のために、可動式ホーム柵は必須アイテムなのです。
ところが、設置に際してネックになることが幾つかあります。
一つは、路線によっては車両の数の違う編成の電車が混在していること。私の住んでいるところの最寄である小田急線もいろいろ走っていて、各駅停車しか止まらない最寄駅では、ホームのアナウンスに耳を傾けていないと、思いどおりのところに乗れないこともあります。各停が6両と8両、準急は10両なのです。
ただし、これは素人考えですが、もし可動柵を設置するなら、必ず頭を合わせるように停車させればなんとかなるのではないでしょうか。
最近、嬉しいことに、可動柵のドアの脇に、点字で車両番号とドア番号が貼られている路線も増えてきましたが、頭をそろえるようにしておけば、その表示もそのまま生かせます。
二つ目のネックは、可動柵のドアと車両のドアを上手く合わせて開くこと。自動制御が可能なところも多いようですが、運転手の技術に頼っているところもまだまだ多いようです。
そうなると、駅に到着した電車の停車位置の微調整、乗降客の完全な入れ替わりを
確認してのドアの開閉など、気を遣わなければならないことがいっぱいあります。
それで、今までは乗降客の多い駅や路線では可動式ホーム柵の導入は難しいとされてきたのですが、気づいてみれば東京メトロ丸の内線という、都内の地下鉄では最も乗降客数が多いような路線に、全駅設置されていたのです。
また、前回もご紹介したように、あの…、あの“山手線”に、8年越しで可動式ホーム柵を設置する予定だというのですから、驚いてしまいます。
もう、そのあたりのことはあまりネックにはならないのかなと思っているのですが、運転手が全て操作するだけで、駅員の配置を無くしてしまおうということで自動かも進んだ結果として実現しているというのは、何か少し本末転倒のような印象もあります。
「ドアに挟まっちゃったらどうするの?」「押されて転んじゃったらどうするの?」
やっぱり心配事は尽きません。
可動柵があった上で、きちんとホーム上の安全性を見守る駅員さんの存在は、欠くべからざるものだと激しく思うのです。
意味合いは違うけれど、夜更けの地下鉄の駅などは、見えていても怖いと感じる女性は少なくないと思います。
可動柵が増えることは大変歓迎すべきことではありますが、それによってホーム上の駅員さんがいなくなってしまうのは、本当に困ることです。
で、そのいなくなった駅員さんは、いったいどこに行ってしまうというのでしょうか?
時間を厳守すること、少しでも早く移動できる手段としての電車を追求することに血道を上げ、戦々恐々としている鉄道会社は、利用客の安全性をどんな風に考えているのでしょうか。
でも、ここでもう一つ考えなければならないことがあります。
そんな鉄道会社の体質を生み出したのは、いったい誰でしょう。
小田急線の遅延は最近では日常茶飯事ですが、せかせかしていない私にとっては、3分とか5分の遅れはさほど気になるものではありません。
でも、この春頃だったと思いますが、都心に向かって乗り込んだ電車の中で、嫌なことに出くわしました。私は連れと一緒に一番後ろ、つまり車掌さんに近いところに乗っていたのですが、隣駅でそこへ乗り込んできた30代中ごろと思しきサラリーマン風の男性が、6分の遅れについて延々と車掌さんに文句をたれているのです。言いたいことだけ言った男性は、平謝りしている車掌さんを尻目に前の車両のほうに移動していきました。ほっとして気づいたのですが、この駅は後ろ寄りには改札が無く、後ろのほうが便利だという人意外は普通はこんな後ろに乗り込んだりはしません。しかもこの男性は、言うだけいうと前の方へ移動した。つまり、文句をぶちまけるためだけに、車掌さんのところにきたのでした。
彼がどんな仕事を抱えていたのかはわかりません。でも、6分遅れて困るくらいなら、なぜ20分くらい早く出かけてこられなかったのでしょうか。そして、6分を争うほどに彼を急き立てていた先方にはどんな人が、どんな用事が待ち構えていたのでしょうか?そして、遅延の原因になったわけでもない車掌さんは、小田急という会社全てをその肩に乗せたように平謝りしながら、どんなに傷ついていたことでしょうか。
キリギリス生活の舞台役者ふぜいの私が論じるのは大変におこがましいとは思いますが、世の企業戦士たちはあまりにも時間に縛られすぎてはいないでしょうか。
過労死してしまうほどの過酷なサービス残業に追われているサラリーマンやOLたち。その一方で就職難だとかニートだとかの問題が山積している今の世の中、あまりに偏っていすぎるんじゃないでしょうか。
もっと人を雇用して、加重の大きすぎる企業戦士たちを楽にしてあげられないものでしょうか。ニートに甘んじている人たちだって、がんじがらめに働かされている人々をみて、恐れを成してしまうのではないでしょうか。
もっと多くの人たちがゆったりと仕事に就けるようになり、お金が多くの人に行き渡っていけば、定額給付金の配布なんかよりずっと「金が天下を回る」ことになるのではないんでしょうか。
責任の重さや過労を苦に、あるいは仕事に就けないことを苦に、今日もまたどこかで誰かが“人身事故”を起こしているかもしれません。しょっちゅうです。本当にしょっちゅうそんな事故が起こり、電車が止まり、人々はイライラを募らせ、その怒りは別な同僚や部下に向けられ、そして新たな犠牲者が……!
残念ながら、私は経済学にも政治学にも経営学にもトンと疎い人間です。だから、だれがいつどこでどうやってこの悪循環の糸を断ち切ればいいのか、考えても考えても、結論が出てきません。でも、とにかく、この偏った時間に追われるこせこせした社会を、ドッテーンとひっくり返したい気持ちでいっぱいになるのです。
可動式ホーム柵のことを考えているうちに、そんなどうしようもないことまで考えが及んでしまい、ついつい長文になってしまいました。
無知ゆえの暴言も多々あったかと思います。どうぞご容赦ください。そして、できれば読者の皆さん、とりわけ鉄道に詳しい皆さんからのご意見をたくさん伺えればと思います。
(おわり)
※ アメディアは、美月の所属する劇団『演劇結社ばっかりばっかり』第五回公演『さなぎの時代』に協賛しています。
この芝居は、美月が別名義の「杉森寿美」として、10年前に本社発行の雑誌に連載していた小説を舞台化する物です。
同劇団では、チケットの予約を行なっています。
詳しくは、
http://www.bakkaribakkari.net/
をご参照下さい。
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