恩返ししたい時分に其の人は…
去る4月23日、恩師が逝かれました。
私が、福島県立盲学校平(たいら)分校小学部高学年だった頃にお世話になった、
とても素敵な先生、新妻アサ子先生です。
1年生から4年生までは、音楽の授業を受け持っていただき、
その優しさと凛とした雰囲気の絶妙なバランスにあこがれていたものです。
東京教育大学附属盲学校(現筑波大学附属視覚特別支援学校)の
中学部を受験することを決めた5年生のとき、
その先生が私の担任になってくださいました。
音楽が専門だと思っていたら、じつは国語が専門でいらした先生は、
今思えば先見の明がお有りだったのかもしれませんが、
私に漢字の音訓や熟語の勉強をいろいろ叩き込んでくださいました。
それが、後になって、音声で確認できるワープロソフトを使うようになったとき、
本当に意味のある物となり、私を支えてくれました。
また、この知識は、点訳校正の仕事にも非常に役立ち、
晴眼者である点訳者が読み違えて点訳してしまった物などに気づき易くもしてくれました。
例えば、「火口」という字を、火山の場合には「かこう」と読み、
火打石を使って火を点けるときの道具なら
「ほくち」と読むのではないかということなどです。
先生は、優しいだけではなく、叱るときにはきっちり叱ってくれました。
「怒る」のではなく、冷静に「叱って」くださいました。
いわき市内で一番高い「水石山(みずいしやま)」という、
馬が放牧されている山に遠足にいったときでした。
「さあ、出発前に、トイレにいきましょう」とおっしゃられたのに対して
「ヘーキでぇす」と答えた私でしたが、バスに乗って5分後くらいに
「やっぱり行けば良かった」と後悔しつつ
「先生、あの、行きたいんですけど」と申し出ると、
先生は優しく「どこへ?」とおっしゃいました。
「いやだ先生、鈍感ですねぇ。」と、非常に失礼なことを言ってしまった私に、
先生は、穏やかだけれど、とても厳しい調子で「いいえ、ちゃんと分かってます。
めぐみさんは冗談交じりに私に対してそんな言い方をしてはいけません。
集団行動をするときには、先のことを見越して行動しなければならない
ということを学んでください。」と、ぴしゃりとおっしゃいました。
これは、とても恥ずかしかった気持ちと共に、四十路になった今でも
鮮明に覚えている出来事です。
2年続きで受け持ってくださった先生は、6年生になると、
放課後の補修授業もしてくださいました。同級生は一人しかいなかったのですが、
その弱視の女の子、ひとみちゃんも、一緒に補修授業に付き合ってくれて、
息が詰まることもなく楽しい放課後を過ごしていました。
しかも、先生は、毎日美味しいクッキーなどを持ってきてくださり、
頭もお腹も満たしてくださいました。
おかげさまで中学受験は成功して、その後、音楽に、言葉による表現に、
興味の赴くまま歩いてきた私ですが、その全ての原点にこの新妻先生がいらしたのだと、
訃報を受け取った今になって改めて気づかされました。
よく、「孝行のしたい時分に親は無し」などと言いますが、
何十年もろくに連絡も取らずにきた私は、
先生の恩に何も報いることもできないままになってしまいました。
だから、今は、先生へ感謝の気持ちをこめつつ「どうぞ、安らかにお眠りください。」と
心からご冥福を祈りたいと思います。
そうして、先生が私にしてくださったことのようにはいかないかもしれないけれど、
私自身の持っているエネルギーや経験を、若い世代の皆さんにも分けていけるよう、
私なりのやり方で頑張っていきたいと思います。
ながら仕事でもホームページが楽しめる音声ブラウザ・ボイスサーフィン