点字も墨字も相手を気遣って
視覚障害者関連の用語ですが、点字に対して、一般的な文字のことを「墨字(すみじ)」といいます。これは、書道として書かれた墨を使った文字ということではなく、鉛筆・ボールペン・万年筆で手書きされた文字も一般の活字もパソコンからプリントアウトした文字も含めた全ての目で読む文字の総称です。おそらく、日本に点字が入ってきたのが明治時代で、その頃一般の文字は墨で書かれるのが普通だったからそう呼ばれるようになったのではないかと推察しています。
さて、弱視の人を含めた多くの墨字ユーザーの中には、個人の資質や性格によって、綺麗に手書きできる人と、そうでもない人がいます。ただ、どんなに悪筆な人でも、小さい頃から「丁寧に」とか「綺麗に」とか「読みやすく」と耳にタコができるくらい言われて練習してきているはずです。しかも、小中学校で学んだ全ての漢字を使いこなせる人はそうはいないにせよ、この9年間、書き取りの授業をみっちりやって
、そうとうな数の漢字を覚えて読み書きできるようになっているのです。
そして、大人も子供も、自分のためのメモ書きは自分さえ判ればいいという程度に適当に書き、人の目に触れる文章では恥ずかしくないよう丁寧に書く、といった使い分けをしています。じつは、私は「恥ずかしくないように」というより、「人が読みやすいように思いやって」といった教育をしてほしいと思っているのですが。
いずれにせよ、小さい頃から、「書く」という一点において、これだけ時間と気を遣ってきているのです。
いっぽう、小さい頃から目が不自由な場合、その分点字を学ぶわけです。通常の点字の場合、日本語を表記するに当たっては、1種類のカナ文字に相当する物を覚えればどんな文章でも読み書きできます。つまり、6点漢字や8点式漢点字といった特別に開発されたシステムを除いて、通常の点字には漢字という物がないのです。ですから、学習障害との二重障害でなければ、小学部1年生のうちに、一通りの読み書きをマスターすることになります。
ただし盲学校では、弱視の子たちが漢字の書き取りをしている間、ただぼーっとしているわけではなく、学習能力を高めるために、点字の速度撃ちや聞き書き、左手で点字を読みながら右手でそれを書き写す「転写」の訓練を行なっています。…少なくとも、1970年代前半に私の通っていた福島県立平(たいら)盲学校の場合はそうでした。
こうして、シンプルに覚えられる点字ではありますが、それにも読みやすい点字と読みにくい点字があります。まず、点字は出っ張っているかどうかで判断する文字なので、中途半端な出方の点字や穴が空いて虫食いみたいになった点字は非常に読みにくいのです。しかも、1点でも違えば、ただ汚いというだけでは済まされず、別な字になってしまう恐ろしさがあります。例えばお料理の本で、「にんじん」と書くはずが、1点だけ違ってしまい、「にんげんを みじんぎりに して ください」などという風になり、料理本が一転恐ろしい殺人マニュアルになってしまうわけです。この場合、「し」は、1・2・5・6の点ですが、「け」は1・2・4・6の点で、ほんとうに1点ずれただけなのです。
さらに、カナの羅列は読みにくいので、一定の分かち書きのルールを設け、読みやすいように工夫されているので、本当はこれもマスターしなければなりません。 ということで、点字ユーザーも「丁寧に書かなければならない」という意識を持っていなければならないのです。
ところが、この意識は、墨字の本を点字に訳す「点訳者」にのみ多く求められ、肝心の点字ユーザー側はかなりいい加減な人が多いのが現状です。
分かち書きや表記の仕方がしょっちゅう変動している中で、それを完全にマスターすることは難しいとは思いますが、人に読まれる文章はなるべく丁寧に書こうとする気持ちは、視覚障害者ももっと持っているべきなのです。「表記やルールの変動」ということでは、実は墨字の社会も「国語審議会」等の決め事で、やはり年々変動しているのですから、点字だけが特別なわけではありません。
ただし、そこまで完全にルールを遵守するのでは常に勉強し続けなければならないので、とりあえず、読みやすくさえあれば良いのではないかと考えています。こう書くと「何を当たり前のことを書いてるのか」と思われそうですが、その当たり前のことをおろそかにしている人を多く見かけるのです。文節分かち書きが、「過去のどんなルールにもあった例がない」ような物だったり、あっちこっち書き損ねてつぶしたらしいけれど中途半端な出方になっていて判読の難しい点字だったり。
しかも、図書館などでは、「ご用件は墨字の書かれていない紙をお使いください」
と行っているにも関わらず、チラシなどに平気で点字を打って送ってくるケースも多々あると聞いています。まぁ確かにエコロジー的な視点では悪くないかもしれませんが、読む相手に対する思いやりを欠く行為であることは否めません。
この意識が(いや無意識というべきでしょうか)、パソコンによる文字入力にも現れているケースも見られます。
よく見かけるのは、固有名詞の表記ミスです。先日も、mixi内の日記のコメントで、「黒はんぺん」の話題に対するコメントで「くろはんてん」と書いている視覚障害の方を見かけました。気を遣っているのか、誰からも指摘はなかったのですが、ちょっとの注意で避けられるミスだなと思い、なんだか少し悲しくなりました。
また、多くの視覚障害者が集うメーリングリストで、物凄い当て字になっている文章をアップしてくる人もいます。その中のお一人が、「めんどうだから、全部入力してから一括変換しているのだ」と書いておられるのを見たときも、本当に悲しく思いました。
点字にせよ墨字にせよ、そして目が見えるにせよ見えないにせよ、読んでいる人の立場に立って、読みやすい文字=丁寧な書き方を心がけていきたいものです。