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春うらら
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続「障害者の無理解」は被害妄想

 わたしも「障害者の無理解は、被害妄想」だと思う事がある。かつてわたしも障害者には理解がないから、スポーツもできないと思い込んでおり、スポーツをするときに付き添ってくれるボランティアさんが誘導の仕方が下手だと感じたとしたら、「視覚障害者をわかってない」とよく思ったものだ。
所が、最近は、そうは思わなくなった。それは、いちいちそう言う事を口に出して言っていては、相手も困ってしまうし、視覚障害者だけが障害者ではないと言う事を認識した事があったからだ。
むしろ、障害者の無理解は、自分の親戚の方だと思う。
わたしは生まれつき全盲であったためか、それとも両親の実家が地方だったからかはわからないが、
むこうに行くと、うまれて37年いろいろ嫌味を言われて、いい気持ちにはなれなかった。
それは今でも変わらないが、回りは少しずつ理解はしているものの、まだまだだと思うので、そう言う時は、たしなめるようにしている。
理解を求めたければ、自分の側から声を発する事だと思う。
そうすれば、少しずつではあるが、わかってくれるし、こちらも相手の事情をわかるようになると思う。
齋藤勝利様

by amedia  at 14:33