障害者と親戚付き合い
今朝、実家から連絡があり、本誌247号で紹介した百歳の祖母の
具合があまり良くないと知らされました。
とても元気で食欲も旺盛だという話をしていたのがつい2ヶ月前だったのに、
この暑さがこたえたらしく、入院騒ぎにまでなっているということなのです。
そして、ああ、また母から言われてしまいました。
「あんたが会いに行ったって、先方(祖母と暮らしている叔父家族)に
迷惑かけちゃうから、パソコンでお手紙書いてお見舞い替わりにしなさい。」
普通のときなら、そんなことは言わないのですが、
弱っている家族を看なければならない状態では、目の見えない私が行くと、
さらに面倒を見なくてはならない存在が増えてしまうからということなのです。
理屈としては、よーく分ります。けれど、介護の手伝いすらできない、
というか当てにされず、あまつさえ邪魔になってしまうというのは、
なんとも情けない話です。
同じ視覚障害者の人でも、同居する家族内に介護を必要とする
病人がいる場合は、そうとう訓練や工夫をなさってのことではあるのでしょうが、
自力でなんとかしておられるケースを多く見受けます。
ただし、恐らくそういう方でも、他所のお宅での介護は、
なかなか引き受けることはできないでしょうし、
任せてもらうことなど考えられないことなのではないでしょうか。
これは、介護の話や他所のお手伝いに限ったことではありません。
私の父は8人兄弟の長男だったので、実家のお盆やお正月や法事などには、
叔父・叔母・いとこなどがわんさと押し寄せて、家中人だらけになります。
こうなると、いつもすいすい動き回れる家の中でも、人を避けたり、
特別に出されたテーブルなどにつまずかないように気をつけたりしながら、
おたおた、おたおた行動することになります。
台所を手伝おうと思っても、母以外に何人もの叔母がさっさか立ち働いていて、
入る隙がないどころか、うっかり踏み込もうものなら
完全に邪魔することになってしまいます。
それでも、小さい頃なら、隅の部屋に逃げ込んで、
そこに入ってきてくれる従姉妹(いとこ)たちと、
着せ替え人形などを作って遊んだりして、
格好も付いたし実際楽しく過ごすこともできていました。
でも、大人になってみれば、今度はテーブルの片隅に座り、
にこにこしてることしかできないのです。
そんな私は、きっと親戚の人たちの目には、
「何もできない可哀想な人」と映っていることでしょう。
まぁ、ピアノが弾ける歌のお姉さん程度には評価してもらってる
かもしれないのですが。
そして、あるとき気づいたのですが、私は祖父母の葬儀には出席したものの、
それ以外の親類の冠婚葬祭のときには、いつもお留守番だったのです。
それに気づいたときには愕然としましたが、紛れもない事実です。
以前、色素の薄い病気で弱視になったという友人から、
「私は見た目ですぐ障害が分っちゃうから、
家柄のいいお医者さんのところに嫁いだ姉の結婚式には出席させて
もらえなかったし、その家の人たちが訪問してこられたときには、
奥の部屋に押し込められるんだよ」と話しているのを聞いて、
大変憤慨したことがあったのですが、気づいてみれば、
私も似たり寄ったりな経験をしてきていたのでした。
親戚付き合い。それは、障害者にとって、
ある意味永遠の課題かもしれません。
もちろん、理解のある親戚に恵まれている方も多くおられるでしょうが、
私の周りではわりと私と同じような経験をしている人が多く見受けられます。
幸い、今はこうしてパソコンを使えば、
自力でできることがいろいろ増えているので、
「ただ何もできないわけではない」ということを知ってもらう
機会も与えられているわけです。これからも、自分ができることとして、
いろいろクリエイティブなことにチャレンジしたりしながら、
いつか親戚の目にも触れて、少しは認めてもらえるようになると良いと思っています。
ということで、まずは、「退院させてくれねがったら、
病室から飛び降りっから!」とだだをこねているらしいおばあちゃんに、
パソコンを使って、お見舞いのお手紙を、
心を込めて書いてみようと思っているところです。
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