たかが投げキッス-ありゃりゃの巻
全くそのつもりがないのに、人を傷つけてしまうことってありますよね。そして、
その逆に、相手にはそんなつもりはないのに、結果的にこちらが落ち込むはめになっ
てしまうことも。
先日、ある友人とふざけていて、何気なく投げキッスを飛ばしました。すると、
「なんだ、今の?!」って、笑われてしまったんです。「うわ、気持ち悪ー!」の
意味かと思って、がははと笑ったのですが、なんだかしっくりこない。よくよく話
を聞いてみたら、私のやったしぐさは、どうやら投げキッスとしては成立しない、
おかしな動きだったようなのです。彼女には、全く悪気はないことだったのですが、
私はやっぱりちょっと傷つきました。ふざけあってた楽しい空気が一気に冷えてし
まった瞬間でした。じつは、恥ずかしながら、彼女と別れた後、ちょっとだけ涙が
出ました。でも、本当に悪気はなかった証拠に、次に会ったときに、ちゃんとした
(?)キッスの投げ方(?)を教えてくれました。(笑)
それで一つ思い出したことがあります。
もう20年くらい前、私はある職業訓練所で、電話交換手になるための講習を受け
ていました。その訓練施設では、他の障害の人も大勢いて、今では懐かしい職業
「キーパンチャー」のコースには聴覚障害の人が多く学んでいました。短い訓練期
間でしたが、その間、彼女達とも大分仲良しになっていました。
そして、私がそこを卒業する前日、帰り際にいろいろ話していたときのことです。
少し話せる難聴の女の子が「めぐみちゃん、泣かないでね。さびしがり坊だから心
配だよ。」って声をかけてくれたんです。そのとき、その言葉の持つ響きがかわい
いなと思った瞬間、手の障害で事務コースを取っていた友人が、思わずぷっとふき
だして「さびしん坊(当時人気があった大林信彦監督の映画です)じゃないんだか
ら、さびしがり坊って面白い!」って言ってしまったんです。それにつられて、私
も思わず笑ってしまったら、その難聴の女の子に泣かれてしまったのです。聴覚障
害者の人は、言葉が耳から入ってくることが少ないこともあって、表現を間違えて
しまうこともあるし、それを知っているからこそ、人に笑われるのではないかと、
とても気にしている人も少なくないのだと言うのは、後に認識したことでしたが、
彼女に申し訳ないと言う気持ちと、シチュエイションのせつなさに、私も少し泣き
ました。
後日談ですが、去年、とある地下鉄の駅に降り立ったとき、偶然その難聴の女の
子に声をかけられました。「めぐみちゃーん、懐かしい!」って。とても明るく。
彼女は、相変わらず優しくて、そして当時よりずっと元気な主婦になっていました。
たぶん、障害の有無に関わらず、人と人とが接していくとき、思わず知らず、傷
つけてしまうことってあると思います。でも、そのときに我慢したりせず、自分が
傷ついてしまったこと、どうして傷ついたのかと言う理由など、ちゃんと話せる、
そしてそういう話をきちんと受け止めていける関係を大事にしていきたいと思いま
す。
大げさですが、こんなに広い宇宙で、そして悠久の時の流れの中でたまたま知り
合えた友人を、小さなことで失いたくはないから、ちゃんと気持ちを伝い会えるよ
うにしていきたいと思うのです。