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春うらら
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たかが投げキッス-ありゃりゃの巻

 全くそのつもりがないのに、人を傷つけてしまうことってありますよね。そして、
その逆に、相手にはそんなつもりはないのに、結果的にこちらが落ち込むはめになっ
てしまうことも。
 先日、ある友人とふざけていて、何気なく投げキッスを飛ばしました。すると、
「なんだ、今の?!」って、笑われてしまったんです。「うわ、気持ち悪ー!」の
意味かと思って、がははと笑ったのですが、なんだかしっくりこない。よくよく話
を聞いてみたら、私のやったしぐさは、どうやら投げキッスとしては成立しない、
おかしな動きだったようなのです。彼女には、全く悪気はないことだったのですが、
私はやっぱりちょっと傷つきました。ふざけあってた楽しい空気が一気に冷えてし
まった瞬間でした。じつは、恥ずかしながら、彼女と別れた後、ちょっとだけ涙が
出ました。でも、本当に悪気はなかった証拠に、次に会ったときに、ちゃんとした
(?)キッスの投げ方(?)を教えてくれました。(笑)
 それで一つ思い出したことがあります。
 もう20年くらい前、私はある職業訓練所で、電話交換手になるための講習を受け
ていました。その訓練施設では、他の障害の人も大勢いて、今では懐かしい職業
「キーパンチャー」のコースには聴覚障害の人が多く学んでいました。短い訓練期
間でしたが、その間、彼女達とも大分仲良しになっていました。
 そして、私がそこを卒業する前日、帰り際にいろいろ話していたときのことです。
少し話せる難聴の女の子が「めぐみちゃん、泣かないでね。さびしがり坊だから心
配だよ。」って声をかけてくれたんです。そのとき、その言葉の持つ響きがかわい
いなと思った瞬間、手の障害で事務コースを取っていた友人が、思わずぷっとふき
だして「さびしん坊(当時人気があった大林信彦監督の映画です)じゃないんだか
ら、さびしがり坊って面白い!」って言ってしまったんです。それにつられて、私
も思わず笑ってしまったら、その難聴の女の子に泣かれてしまったのです。聴覚障
害者の人は、言葉が耳から入ってくることが少ないこともあって、表現を間違えて
しまうこともあるし、それを知っているからこそ、人に笑われるのではないかと、
とても気にしている人も少なくないのだと言うのは、後に認識したことでしたが、
彼女に申し訳ないと言う気持ちと、シチュエイションのせつなさに、私も少し泣き
ました。
 後日談ですが、去年、とある地下鉄の駅に降り立ったとき、偶然その難聴の女の
子に声をかけられました。「めぐみちゃーん、懐かしい!」って。とても明るく。
彼女は、相変わらず優しくて、そして当時よりずっと元気な主婦になっていました。
 たぶん、障害の有無に関わらず、人と人とが接していくとき、思わず知らず、傷
つけてしまうことってあると思います。でも、そのときに我慢したりせず、自分が
傷ついてしまったこと、どうして傷ついたのかと言う理由など、ちゃんと話せる、
そしてそういう話をきちんと受け止めていける関係を大事にしていきたいと思いま
す。
 大げさですが、こんなに広い宇宙で、そして悠久の時の流れの中でたまたま知り
合えた友人を、小さなことで失いたくはないから、ちゃんと気持ちを伝い会えるよ
うにしていきたいと思うのです。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:51  | Permalink

盲導犬、知ってるつもりでも……

 10年くらい前から、盲導犬ユーザーの友人との付き合いができました。
 一緒に歩いていると、本当に様々な経験をします。
 怖がって避ける人、かわいらしさに惹かれて触ろうとする人など、反応はいろい
ろなんですが、どちらにしても、盲導犬ユーザーにとっては、心安からぬ存在です。
もちろん、ハーネスを着けて視覚障害者を誘導している、あるいは、待っている状
態の盲導犬に触ったり声をかけたりしたら、盲導犬自体が意識を散らしてしまいま
す。意識を散らすと言うことは、視覚障害者の安全が直接的に脅かされることにも
なるわけです。だから、不用意に声をかけるのもNG。
 飲食店などで、食べ物を与えようとする犬好きなおじさんなんていうのも、大変
やっかいな存在です。これは、気が散るだけでなく、異質な物を食べさせてしまう
ことによって、お腹の状態に影響を与え、正しいお仕事=視覚障害者を安全に導く
ことができなくなるかもしれないし、指示を出す立場の視覚障害者のユーザーさん
との間でのルールにのっとり、犬自身も自分を律して行こうとする姿勢を、誘惑し
て崩してしまうことにもなるのです。
 とはいえ、やはり友達ともなれば、ハーネスを外したただのわんこになっている
ときにも遭遇することはしばしばなので、楽しく遊ばせてもらうこともあるんです
けど。
 と、なんだか偉そうに盲導犬についての知識を書いてしまっていますが、これで
も、ときどきユーザーさんに不快な想いをさせてしまうことがあるのです。
 つい先日も、友人Eさんが、映画館で、「トイレに行くから、預かってて」と私
にリードを託しました。寂しがった盲導犬が、彼女を追いかけようと、リードをピ
ンと張ってつっぱるので、「すぐ帰ってくるから、一緒にお留守番してようね。」
と話し掛けてしまったのです。そしたら、「あ、お留守番は禁句だよ。本当に暫く
置いていかれるような気持ちになって、逆効果だから。」と言われて、納得すると
共に、すっかり盲導犬を理解したつもりになっていた自分を、思いきり反省してし
まいました。
 「知ってるつもり」に頼らず、常に、盲導犬のことを理解しようと務めていかな
ければと思った小さな出来事でした。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:44  | Permalink

そこのけそこのけ、ベビーカーが通る!

 かわいらしい赤ちゃんを乗せたベビーカーを押して、楽しく街を歩くお母さん達
が、以前より多く見うけられるように思います。
 微笑ましく思うこともあるのですが、なぜか最近、「あれれ?」と思うことも多々
あります。
 ある日、新宿駅の点字ブロックの上を一人で歩いていたとき、何かにぶつかりそ
うになったので、「ごめんなさい」と言ったら、「いえ、ベビーカーですので」と
言う意味不明な答え。普通「いえ、」の後には、「どういたしまして。」とか「大
丈夫です」と続くと思うんですが、「ベビーカーですので」って、いったい何だっ
たんでしょう。しかも、ものすごい怖い声で言われたのです。でも、あきらかに、
みんなが普通に通る場所に斜めに置いて止まっていたので、非は私の方にはなかっ
たと思われます。けれど、ちょいと気弱な私、驚き呆れながらも、迂回して通りす
ぎてしまいました。
 また、これは晴眼物の友人から聞いた話ですが、エレベーターに載りこもうとし
たとき、横合いから「おい、子供を先に乗せてやれよ!」と言う威圧的な声がかかっ
たのだそうです。ふと後方を見ると、ベビーカー。そのまま直に乗れば、もたつか
ず、ベビーカーの邪魔にもならなかったはずだったけれど、心優しい彼女は入り口
を空けてあげて、先に伸せてげたのだそうです。ところが、エレベーターを降りて
歩き出したとき、その威圧的な声を発した男が、ベビーカーを押している女性と夫
婦だったらしいことが判明。ようするに、横合いからのおせっかいどころか、エゴ
イスティックな主張に過ぎなかったと言うわけです。
 件の友人曰く、「最近、ベビーカーを押しているお母さん達のマナー、悪すぎ。」
とのこと。私も、そう言われてみればと思い当たる節がちらほらあったので、一緒
に憤慨していました。
 でも、やはり十羽一絡げは好きな考え方ではないので、良いベビーカーママに遭
遇してみたいと思っていたら、先日、ラッキーにも遭遇することができました。
 引越ししたばかりの街中、あまりあまり地理もわからない私は、道を一本間違え
てしまい、スーパーに行くはずだったのに、コンビニの入り口でおたおたしてまし
た。すると、「お困りですか?」と声をかけてくれる女性が現れました。ベビーカー
を押した若い女性です。私が事情を話すと、快くスーパーまで連れて行ってくれま
した。しかも、その人には連れのお友達がいて、彼女の方は、バスの時間を気にし
ているようだったのですが、「バスは別なルートもあるから」などと言って、時間
を割いてくれたのです。
 気になっていたベビーカーママの中にもこんな素敵な人がいたのかと嬉しくなり、
やはり十羽一絡げの物の見方を否定できてほっとしました。
 とは言え、傾向としては「そこのけ、そこのけ、ベビーカーが通る!」的な人が
多いようで、何か彼女達に気づいてほしいと願ってしまう今日この頃なのですが。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:40  | Permalink

手作りのバリアフリー上演

 私は、無類の芝居好きです。多いときには、月に5回以上は観劇するほど。
 先日も、役者をやっている友人S君が客演した芝居を観ました。
 普段私は、特にバリアフリーに配慮した物でなくても、内容的に面白そうだと思
うと、何でも観に行ってしまいます。もちろん、最近は、イヤフォンによる音声ガ
イド付き上演や点字パンフを用意してくれる劇団も、ずいぶん増えてきました。
 しかし、今回S君が出演した劇団は、稽古が始まったばかりの時点では、多くの
劇団と同様に、劇団としてのバリアフリー的配慮は全くありませんでした。それで
も、内容的に面白そうだったので、とても楽しみに観に行こうと決めていたのです。
 ところが、たまたま視覚障害者である私と親しくしてきたS君は、独自で動いて
点字パンフと音声解説テープを作成してくれたのです。ただ、自分自身の劇団では
ないため、かかった経費は全てS君自身の出費となりましたが。(笑)
 さて、この点字パンフですが、内容は一般の観客に配られるそれとは違い、身長
や服装などもこまやかに解説したキャラクター紹介や、理解を深めるための小さな
ネタバレを含むものでした。つまり、紹介文のほとんどが、S君のオリジナルだっ
たわけです。
 また、解説テープは、開演前に聞いてもらうことにして、舞台セットの説明を、
クロックポジショニングと言う、舞台を時計の文字盤に見立てた方法で説明したり、
出演者の協力を得て、一人一人の役者さんに、役目イと芸名をそれぞれの生の声で
録音してもらったりした物でした。個性的なキャラクターが多い芝居だったので、
このキャスト紹介は、本当に観劇上役立ちました。
 今回は、どうしても空回りの感がぬぐえない、簡易なバリアフリー的配慮となっ
てしまいましたが、これらのツールを利用してしっかり芝居を楽しむことができた
視覚障害の観客が、私の知っている範囲でも、10人以上いたと言う事実は、劇団
主催者側にも、しっかり印象づいたことでしょう。
 客演の一出演者が地味に行なったことでも、小さな種を蒔いたことになったはず
です。
 で、私の感想ですか?
 それはもう、ものすごく楽しい歴史ファンタジーでした!こんな素敵な台本を書
ける主催者さんなら、いずれきっと、劇団としてのバリアフリー的奈配慮も考えて
下さるようにもなるのではないかと、明るい希望を持った一時でした。もちろん、
S君からの要請を受けて、今回既に、点字パンフでの小さなネタバレを許してくれ
たり、出演者の皆さんの声を録音することを許可してくださったと言うご配慮は、
その曙光のように心に染みることだったのです。
 最期に1句。
 「むりせずに、できることからバリアフリー」

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:23  | Permalink

心に鮮やかな花火

 7月も終わり、夏真っ盛りの8月になろうとしています。各地で夏祭りとか花火
大会などのイベントが目白押しですが、皆さんの街ではいかがですか?
 私は、花火大会を見物するのが好きです。まったく視力0ですが、胸の奥、お腹
の底もドドーンと打つあの迫力は、日常的に聞ける物ではありませんから、本当に
わくわくするのです。怖いと感じる視覚障害者も少なくはないようですが、色の記
憶のある私にとっては、特に、色彩を想像しながら音と振動に身をゆだねている時
間がとても心地よいのです。しかも、見える友人と一緒に観ながら、「こんどは黄
色だよ!あっ、大きな赤い玉が弾けて粉を巻いたみたいに散ってる!」なんて、興
奮混じりに解説してもらえたりすると最高です!
 もう15年くらい前になると思いますが、知り合ったばかりの中途失明の強度の
弱視の人に、「きっと、私は来年すっかり見えなくなりそうだから、今年は大きな
花火大会に行きたいと思っているんだ。」と言われて、友人の伝をたどって、隅田
川の花火大会に同行することにしました。仲間達数名で繰り出したのですが、その
人手の多さにはびっくり!でも、彼女は、本当に嬉しそうに空を見上げていたよう
です。
 翌年、本当に彼女は見えなくなっていました。そしてイまではすっかり疎遠になっ
てしまったのですが、今でもあの激しい音と振動を感じ、心に映る光の乱舞を楽し
んでいてくれたらと、毎年毎年、花火を観る度に想いをはせずにはいられません。
 さて、今年は、誰とどこの花火を観に行けるのかな。そろそろ考えないと、去年
のように見損ねてしまうから、なんとかしなくては。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:18  | Permalink

大雑把な移動と細かい移動-参宮橋駅近くにて

 よく遠出をしたときなどに、「んまぁ!!お見えにならないのに、よくそんな遠
くからいらしたわね!偉いわぁ!」と関心されてしまうことがあります。
 でも、偉くもなんともないんです。一人歩きに慣れている視覚障害者の場合、駅
構内の様子は、ある程度、経験と感で理解できることが多いし、自力でわからなく
ても、駅員さんに誘導してもらっちゃうと言う必殺技があるので、平気なのです。
しかも、どんなに遠くへ行こうとも、その移動の間は、ただ乗り物に運ばれて行く
だけなのですから。
 また、目的地の最寄駅から、目的地までの移動は、ちゃんと説明できる人に「左
に折れて、真っすぐで、右側を歩いて行って、何番目を右に折れて、ガソリンスタ
ンドがある。その先隣です。」などと説明されれば、だいたい近くまでは行けます。
 それよりも、そういう大きな移動ではなく、目的とする建物を限定すること、そ
れが判ったとしても、その入り口の場所を限定すること、それも判って中に入れた
としても目的の部屋を探すこと、さらに、その部屋に入ったとしても自分が座るべ
き椅子の場所と向きを把握すること、と、ドンドン小さい単位での移動になるけれ
ど、そちらの方が、遠くの駅へ行くことより、遥かに難しいようです。
 もちろん、現実的に言えば、部屋の中に入ってしまえば、誰か必ず誘導してくれ
るので、そこはあまり問題ではないのですが。
 先日も、サークルの集まりで、小田急線参宮橋駅で待ち合わせをして、オリンピッ
ク記念青少年センターに行くことになっていたのですが、待ち合わせより遥かに早
く到着したので、近くのマクドナルドで時間をツブソウト歩いていました。けれど、
以前何度か連れていってもらっていたのに、ちゃんと自力で行けるように憶えてい
なかったので、建物そのものが判らないのです。「ここのような気がするけど、B
GMがそれっぽくないな」とか、「こんなにきたっけかな」とか、入り口っぽいと
ころが閉鎖的な雰囲気だから違うかな」なんて想いながら、行きつ戻りつすること
5分くらい。もちろん人は行き交っているから、誰かに聞けば良いんだけれど、な
んとか自力で探したい気持ちになっていました。でも、さすがに心細くなり、とい
うより、実はお腹がグーグーなったりしていたので、若い女の子の声が聞こえたら
声掛けてみようと決めました。(ちなみに、私は妖しいオヤジではなく、普通のお
姉さんですけど)
 すると、きました、きました!楽しげに笑い合いながら、高校生くらいの雰囲気
の声の持ち主の二人連れ!
 「すいませーん!マクドナルドの入り口まで一緒に行っていただけませんか、う
まく探せないんですけどぉ」
 とせいいっぱい彼女達の雰囲気に近づこうと言う無駄な努力を口調に込めて語り
掛けると、快く引き受けてくれ……。
 と、そのとき!
 「あ、めえたん!!(私のニックネームです)」と言う、やはり若い女の子の声。
 「あ、大丈夫です、連れですから。」
 そう言った主は、待ち合わせていた人ではないけれど、同じサークルの23歳く
らいの女子でした。
 慌てて、少女達にお礼だかお詫びだかわけのわからなくなった挨拶をして、私は、
23歳女子と一緒に、マクドナルドに入っていったのでした。
 そして、まだ付き合いの浅い彼女が不思議そうにしていたので、このコラムの冒
頭で書いたような説明、つまり、建物を、その入り口を認識するのが難しいのだと
言う話を語り、また一つ理解してもらうことができたのでした。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:09  | Permalink

見えないからこそ出会える温かさ

 ここ数年、大人だけでなく、小中学生に対して、障害者の立場での講演を頼まれ
ることが増えてきました。
 そんな中で、ときどき耳にするのが、
「見えないから苦労したことだけじゃないのなら、逆に、見えなくて良かったこと
はありますか?」
と質問されることがあります。
 最初は、「汚い物、嫌な物を見ないで済むから」なんていうエゴイスティックな
答えを期待されてることがあったりして、嫌なこともありましたが、私の答えを聞
くと、かなりの人が納得したり、喜んでくれたりします。
 どういう答えか。
 それは、人間関係が希薄で殺伐としていると言う都会の真中にいても、「お手伝
いしましょうか」とか「改札出られるなら、ご一緒しましょうか」などと声をかけ
ていただき、暖かな心と力強い腕に触れる機会が多いと言うことなのです。そんな
中から生まれる、新しい友人関係すらあるのです。
 これは、まさに、「視覚障害」と言うハンディを持っていたからこそのふれあい
です。
 特に、初めていく駅を歩くときや、慣れていても体調が優れず感が鈍っていると
きなど、「お手伝いしましょうか」の一言が、涙が出るほど心に染み渡り、救われ
る瞬間となるのです。
 と言うわけで、街で困っていそうな人=障害者には限りませんが=を見かけたら、
そしてそのとき、心と時間に余裕があったら、ぜひ「お手伝いしましょうか」と声
をかけてください。

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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 16:54  | Permalink

差別感の捕らえ方

 近年に限ったことではありませんが、差別語を虱潰しに消して行こうとする動き
があります。悪いことだとは言いませんが、そこに流れる差別感自体をカモフラー
ジュしているに過ぎないんじゃないかと感じることがあります。
 しかも、私は、差別感を消し去ろうとすら思わないのです。
 どんな人にだって、小さな差別感はあって当たり前なんじゃないかと思っている
からです。
 例えば、私は、小学生のころ、木の葉っぱを触っていて、急に凍りついたことが
あります。つやつやした椿の葉のような感触の綺麗な葉っぱの中に、一枚だけ、肉
厚な不思議な感触を見つけたからです。しかも、目を近づけてみると、緑ではなく、
白っぽいのです!驚いてそばにいた母にきいてみると、「ああ、それは奇形の葉っ
ぱね」と言う答えでした。答えを聞いた瞬間に湧き上がってきた感情は、悲しみで
した。自分だって、目が他の人たちとは違う。つまり、この肉厚の葉っぱと同じよ
うな物なのに、その葉っぱの存在に凍り付いてしまったのです。 差別されること
を恐れているはずの私自身が、無意識のうちに、異質な物に対して抱いてしまった
感情に、大いにショックを受けました。
 大人になった今、私が思うのは、差別感をむりやり消そうとするのではなく、他
人の差別感を責める前に、各自が、自分の中にある本能的な差別感を認めた上で、
それを克服する努力をすることが大事なのではないかと言うことです。それこそが、
他の動物とは違う、「理性」を持った人間ならではの優しさだったり、円滑な人間
関係を築く鍵だったりするのではないかと思うのです。

目の見えない子を支援するなら~点字定規セット「点字サポーターへの道」

(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 16:26  | Permalink

チャレンジドをタックスペイヤーにできる日本を目指して

昨日、 東京中小企業家同友会第15回経営研究集会 の第8分科会で、 プロップステーション の竹中ナミ理事長(本人が「ナミねぇ」と自称しているので、以下そのように記載)の講演があった。

プロップステーションは、1991年の設立当初より「障害者を納税者にできる日本」をスローガンに、福祉革命ともいえる新しい障害者運動を起こしている。

「チャレンジド」は「障害者」のこと、「タックスペイヤー」は納税者を意味する。

昨日の講演の中ではナミねぇが、主に表題のように表現していた。

実は、「チャレンジドをタックスペイヤーに」という表現は、米35代大統領ジョン・エフ・ケネディの演説経書に出てくるそうだ。1960年代の最初の頃の話である。

ナミねぇが言うには、この辺りから、米国では新しい福祉哲学で政策が立案され始めたという。

従来の福祉理念は、「弱者に税で手当をしたり優しく保護すること」であった。

しかし、ケネディ大統領の言葉から始まる新しい福祉哲学は、「弱者の中から一人でも弱者でない人を生み出すプロセス」だという。

これを多くの人達に理解し易く、短く表現すると、「障害者を納税者に」または、「チャレンジドをタックスペイヤーに」となるのだ。

目の見えない子をタックスペイヤーに育てよう!点字定規セット「点字サポーターへの道」

(「週刊福祉情報」コラムニスト・マジオ)

by amedia  at 10:19  | Permalink

点字で読んだはじめての本の思い出

私は1965年4月に静岡県立静岡盲学校に小学部1年生として入学した。

当時、7歳、既に全盲になっていた。

盲学校に入学すると、早速点字の教科書が配られ、点字を読む練習から始まった。

「あいうえお」から学ぶのではなく、点字で書かれた単純な模様を触ることから始まった。

点字の点すべてを打った文字は「メ」だが、最初、「メ」が1マス置きに並べられた模様や、4つの点の塊である「レ」や2つの点の「ウ」で書かれた線を指でなぞったりした。

このようにして、7歳の少年の指感覚の鍛錬から入った。

どのぐらいの間そんな模様ばかりを触っていたのか今はよく覚えていないが、やがて「あいうえお」を教わり、短い単語を指で読めるようになった。

意味のある文が少し読めるようになると、今度は本が読みたくなった。

だが、訓練を始めたばかりの小学生は本当にゆっくりとなぞり読みするしかできない。

1ページ読むだけでもう飽きてしまう。

そんなとき、ある休みの日に遅いながらも没頭できる本に出会った。

トルストイの 「イワンの馬鹿」だった。

今振り返って、時間にしてどのぐらい没頭していたのか全く思い出せない。

しかし、なぜか36ページ連続で読んだという印象がやけにはっきりと残っている。

指先がジンジンしびれて、もう読み進むことはできなかった。

はじめて内容を心に受け止めながら読むことのできた本の思い出だ。

目の見えない子を支援するなら~点字定規セット「点字サポーターへの道」

(「週刊福祉情報」コラムニスト・マジオ)

by amedia  at 17:40  | Permalink  | Comments (0)  | Trackbacks (0)

視覚障害者とマッサージ業

先日、韓国の憲法裁判所で、「視覚障害者のみにマッサージ師の資格を付与する現行制度は、視覚障害者以外の国民の職業選択の自由を侵害するため違憲」という判決が出た。

記事

この判決でお気づきのように、実は、マッサージ業は視覚障害者にしか認められていない、視覚障害者の職業特権である。

もちろん、上の記事は韓国の話なのだが、実は日本もおおよそ同じだ。

視覚障害者の世界では、鍼・灸・マッサージをひっくるめて「三療」と呼ぶ。このうち、鍼と灸は誰でも勉強して国家試験に受かれば資格が取れるが、マッサージはそうではない。

日本では、視覚障害者以外の者が正式にマッサージを勉強できる機関が僅かしかない。また、法的制限で新設もかなり難しい。

「正式に勉強できる機関」とは、マッサージの国家試験を受けられる資格が得られる学校のこと。

視覚障害者は盲学校か国立の身体障害者リハビリテーションセンターなどの視覚障害者を対象にした機関で学ぶ。これらの学校や施設には、目の見える生徒は原則的に受け入れられない。

ところが、実際には温泉地の足ツボマッサージなど、目の見える人が行なっているマッサージを受けたことのある人も少なくないだろう。

目の見える人が行なっているマッサージは、「按摩師等法」で規定されている正式なマッサージではないことが多いのである。

そこで、日本の視覚障害者達は、「無資格マッサージ追放運動」を行い、視覚障害者のマッサージ業を法を縦に守ろうとしているのが現状だ。

冒頭のニュースは、韓国では、それを守る法的根拠も崩れたことを意味する。

針灸マッサージ治療院カタログ

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2006年6月15日号「福祉コラム」に掲載

by amedia  at 10:14  | Permalink

エレベーター事故

先日、開いたエレベーターから外に出ようとした高校生が、突然動き出したエレベーターの床と外枠の天井にはさまれて死亡したという痛ましい事故があった。

実は、このニュースを聞いて、別の痛ましい事故を思い出した。

時は1987年6月、場所はスペイン、当時スペイン盲人協会(ONCE)の会長だったアントニオ・ビセンテ・モスキーテ氏(全盲)は、エレベーターのドアが開いたので乗ろうと思って踏み出したところ、ゴンドラがなく、10数メートル下に転落して死亡した。

このニュースは、19年前に来日した当時世界盲人連合(WBU)事務局長を務めていたスペイン人のペドロ・スリータ氏から聞いた。

英語で話していたが、自分の聞き違いではないかと思い、何回も聞き返したほど、私自身信じられない自己のニュースだった。

全盲の私にとって、駅のホームは緊張する場所の一つだが、エレベーターで緊張することはない。機器を信じきっているのだ。

今回のシンドラー社のエレベーター事故の場合には、目が見えていても逃れられないものだったが、ゴンドラが来ていないという場合には、目の見えている人は驚くことはあっても落ちたりはしないだろうと思う。

実際に自己にならなければマスコミは取り上げないので、案外ゴンドラがきていないといったようなケースもあるのかも知れない。と、以前聞いた全盲者の自己の話をふと思い出して連想した。

電車に乗るときには、連結部分ではないことを確認するためにかならず足よりも杖を先に車体の床に着地させるのだが、エレベーターでもこれからはそのように気をつけたいと思う。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2006年6月8日号「福祉コラム」に掲載

by amedia  at 10:12  | Permalink

障害者職域開拓支援事業

先日、厚生労働省所管の東京都労働局の方から雇用主に呼びかけた障害者職域開拓支援事業が今年度より3年間行われるという話を伺った。

これは、障害者の新規雇用を前提として立ち上げる事業に対して、事業立ち上げ時にかかる経費の2分の1を東京都が補助するというもの。補助額の上限は300万円だそうだ。

事業の主旨としては、障害者が一般雇用で働けるモデルを構築し、そのモデルをほかの企業にも電波させて行きたいというもの。つまり、障害者雇用のパイオニア企業を応援しようということのようだ。

従業員数300名以上の企業は新規採用5名、それ以下の中小企業は新規採用3名という障害者雇用数が条件となる。

また、私はここで「企業」と書いたが、NPO法人や社会福祉法人、さらには個人事業主でも対象になるという。つまり、障害者が働けるモデルを作れる経営者は、法的位置付けに関わらず「良い経営者」だとこの事業では評価される。

今年度は、とりあえず7月10日までが第1期の募集、そして9月に第2期の募集を行なうという。

説明会が6月9日に都庁で予定されている。

詳しくは下記のページをご覧ください。

東京都障害者職域開拓支援事業

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2006年6月1日号「福祉コラム」に掲載

by amedia  at 10:12  | Permalink

障害者の雇用率改善中

5月18日に行なわれた 全国重度障害者雇用事業所協会(全重協)の総会に参加したおり、障害者雇用が伸びている現状を聞きました。

厚生労働省では、毎年6月1日現在の障害者雇用の状況を、12月頃に発表しています。

昨年12月に発表された2005年6月1日現在の雇用状況によると、全体の障害者雇用率は1.49パーセントで、前年に比べて0.03ポイントアップだそうです。

さらに、その1年前の2003年6月の時点では、1.48パーセントでしたから、いったん下がってまた戻った形です。

また、民間企業に雇用されている障害者数は、前年に比べて11,000人ほど増え、率では4.3パーセントの伸びになっています。

特徴的なのは、身体障害者の就職は横這いなのに対して、知的障害者の就職数が増え、昨年始めて1万人を突破しました。

一方、企業側にフォーカスを当てると、従業員数が100~299人までの企業の障害者雇用が伸び悩んでいるとのことで、厚生労働省としては、今後は、このレベルの会社へのアプローチを強めるとのことです。

具体的には、これまでは法定雇用者数が5名以上の企業、従業員数300名以上の企業の中で、特に障害者雇用が進んでいないところに対して指導を行なってきましたが、今後は、法定雇用数が3名とか4名の企業に対しても行政指導を行なうそうです。

このように、中小企業に対する行政側からのアプローチが今後活発になってきます。

社団法人全国重度障害者雇用事業所協会

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2006年5月25日号「福祉コラム」に掲載

by amedia  at 10:10  | Permalink

東京中小企業家同友会障害者委員会

東京中小企業家同友会は、その名が示す通り、中小企業の経営者が集って経営の勉強をしている会です。

この会の中に、「障害者委員会」があります。

この員会では、会員2200名の経営者に対して、障害者のことを伝え、その雇用を促しています。

今年度の活動理念は「障害者の戦力化を進めよう!」です。

障害者雇用といっても、社長の温情で雇用したのでは長続きしません。本人も居づらいですし、現場からも不満の声が上がってきます。

障害者の雇用を安定的且つ継続的なものにするためには、その人を仕事上の戦力と位置付ける必要があります。戦力となった障害者は、業務上のスタッフとして、充実感を持って働くことができます。

この委員会では、月例の会に加えて、障害者と仕事についての会員企業約2200社の経営者の理解を深めていただくために、不定期で例会を行なっています。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2006年5月18日号「福祉コラム」に掲載

by amedia  at 10:09  | Permalink

障害者でも稼げる可能性:アフィリエイト

インターネットという社会インフラが充実してきた昨今、商品の販売において、新たな流れが大きく広がりつつある。

それが「アフィリエイト」だ。

従来の物品販売は、
製造→卸→小売→購入
と流れた。

これに対して、
製造→販売サイト→アフィリエイト→購入
という新たな流れが太くなりつつあるのだ。

小売店舗を開くのには、かなりの資金力が必要だ。それに対して、アフィリエイターになるのには、パソコン1台を用意することと、インターネット回線を確保することだけで良い。

もちろん成功させるためには、そのほかにもいろいろな経費をかけるわけだが、それは店舗でもアフィリエイトでも同じことだ。

さて、このアフィリエイト、障害者の経済的自立の一助になると私は確信している。

肢体障害者や視覚障害者が負うビジネス上のハンディのかなり大きな部分は、自分の意思で自由にでかけられないことだ。訪問営業にはかなりのハンディがある。

これに対して、インターネットはどうだろうか?

もちろん、手が不自由な人はキー入力が遅い、目の不自由な人はホームページが扱いにくいなどのハンディがあるものの、出かけるハンディに比べればたいしたことはない。費やす時間と努力でカバーしうるものだ。

障害者の中から、アフィリエイターとしての成功者が続出することを期待する。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年6月23日

by amedia  at 17:08  | Permalink

CWAJ奨学金

CWAJ奨学金

College Women's Association of Japan(CWAJ) というハイソサイェティーのご婦人方のグループがある。

この中に Volunteers for the Visually Impaired(VVI) (「視覚障害者のためのボランティア」という意味)というサブグループがあり、私も学生時代、随分お世話になった。

このCWAJでは、若い優秀な学生達に奨学金を出しているが、視覚障害学生に対する奨学金も今回で27年目になるという。

今回募集しているのは、国内で勉強している学生向けの奨学金が200万円、海外で勉強する学生向けの奨学金が275万円で、ともに返済義務がないとくるから、大変魅力的だ。

しかし、それぞれ該当者は1名ということで、視覚障害学生の中でも大変な競争率となる。

育英会の奨学金のように、毎月いくらずつという形ではなく、1回でどさっと支給されるので、高額な機器の購入などに向いている。

文字通り、若い盲学生達に夢を与える奨学金。

詳しい手続き方法などが上記のCWAJのページに記載されていますので、もしもお知り愛の中に視覚障害の学生さんがおりましたら、是非、この情報を伝えてください。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年6月16日

by amedia  at 17:07  | Permalink

障害者の心の開放

17年度障害者白書によれば、国民の約5%が身体や精神に何らかの障害があるそうだ。

この記事を読んで、改めて障害者と一般には健常者と呼ばれる障害者でない人との区別は何なんだろうと考えた。

特に、障害者の数が全体で93万人増加しているということについて、その意味を考えて見た。

医療は進んでいる。ならば障害者は減るだろう。

高齢化が進んでいる、ならば障害を持つに至る方は増えるだろう。

この引き合いだと思うのだが、全障害者数656万人のうち、93万人が5年間で増加しているというのだから、14パーセントもの増加だ。

この数値を見て、私は次のように感じた。

まず、厚生労働省の定める「障害」の定義がこの間変っていないのかだ。

より多くの人達を「障害者」とする変更が行われていれば、その分増えるのは当然だ。

一方、国政調査の際、私達はどのように答えるだろうか?

自分自身で障害者だと思っている人、そして、障害を隠そうとしていない人は障害者とカウントされるような回答をするだろう。

障害は恥ずかしい、周りの人達に障害者だと思われたくないという気持ちの方はどうだろうか。

このことから、障害者数の増大は、障害者の心の開放によるところが少なくないのではないかと感じた。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年6月9日

by amedia  at 17:06  | Permalink

盲人主婦に革命をもたらしたネットショッピング

盲人主婦に革命をもたらしたネットショッピング

昨日、5月25日に中野サンプラザで行われたWEBアクセシビリティシンポジウムの際、視覚障害者の主婦の方からこんな話を伺いました。


スーパーに買い物にいくと、やっとのことで定員さんを捕まえて「豚肉はどこにありますか」などと聞くと、「そこです」とか、「あっちです」と答えて忙しそうにすごすごとどこかに行ってしまう。なので、買い物はとても大変なんです、と。


これは、同じく目の見えない私もこれまでしょっちゅう体験してきました。また、たまたま親切なお客様に出くわすとかなりスムーズに事が運ぶのですが、そんなことは本当に稀にしかありません。


ほとんどのお客様達は私が近づくとなんとなく逃げるように「というのは私の思い過ごしかも知れませんが」忍び足で遠ざかっていくのです。


私の場合、幸運にも行きつけのローソンでの定員さんの教育がしっかりしていて、新しい若者がアルバイトとして入ってきても、いつも私がドアを入ると、「少々お待ちください」などと明るく声をかけてくれ、適切に対応してくれます。


さて、先ほどの主婦の方の話に戻ります。


彼女は、ホームページでのショッピングに挑戦しました。


すると、1番から999番まで番号付けされた商品がずらりと並んでいて、自分でそれぞれの商品説明を聞きながらどれにしようかなと選ぶことができる、このことに革命的な喜びを感じました。


これまでは、自分で選ぶというショッピングはできなかったのです。これは、お店の対応がよい場合においてもです。


お店の対応が良い場合には、こちらで希望したものを探してくれ、そのものずばりがない場合には、それに関連する商品の説明をしてくれます。(営業マインドが乏しい店員さんはこれを行いませんが)


しかし、お店に存在するものを自分で物色しながら購入するものを決めるというスタイルの買い物はできないのです。


それが、ネットショッピングでは可能になる。これで、この方は、今では自分で選ぶ買い物ができるようになったと喜びの報告をしました。


実際のところ、まだまだ音声ブラウザを利用してのネットショッピングは案外手間がかかり、なかなかこの主婦のレベルに達するためにはそれなりのハードルがあります。


その意味でも、アメディア
が行っている

音声ブラウザ「ボイスサーフィン」

の改良と私が今テーマにしている

ウェブアクセシビリティ

の普及の重要性を再認識させられました。


(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)


2005年5月26日

by amedia  at 17:04  | Permalink

人を信じることに勝負をかける

先週、5月26日に スワンベーカリー十条店(有限会社ブィ王子) を見学しました。

東京中小企業家同友会障害者問題委員会の、障害者の働く現場見学会として行われたものです。

スワンベーカリーには知的障害者の方々が働き、おいしいパンを作ってそれを出張販売などで販売して稼いでいます。

そのおりに、私がもっとも感銘を受けたのは、出店販売や出張販売のときにも知的障害者の方々のみで送り出すこともよくあるとのこと、 パンをたくさん買っていただいたときに、電卓を正確にたたくのにも自身のない障害者に対しては、「お客様に計算してもらいなさい」と言って送り出しているそうです。

この度胸の据わったリーダーは小島靖子さん。スワンベーカリーのフランチャイズ第1店としてこの十条店を起こされた方です。

このようにして、健常者の補助をつけずに送り出すと、最初は電卓が打てなかった障害者も、だんだんとできるようになってくる。たまーに客にごまかされることがあっても、人件費のかかる別の人をつけるほどのロスになることはありえないと言ったお話には、経営者としての的確なコスト感覚がずっしりと私に伝わってきました。

小島さんの話を反芻してみて、目の見えない私も、いろいろな局面で人を信じることに勝負をかけているんだなあと改めて実感したしだいです。

信じることは、成功の大きな要素の一つかも知れませんね。

疑心暗鬼は心を躊躇させ、行動力を減退させます。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年5月26日

by amedia  at 17:00  | Permalink

アンデルセン系の障害者パン屋「スワンベーカリー」

ヤマト運輸の小倉昌男氏は、いわゆる作業所と呼ばれる障害者のワークショップで、月数千円といった極端に安い労賃で障害者が作業している実情を知り、自立できるだけの賃金を払える事業所を設立しなければという思いにかられ、ヤマト福祉財団を設立しました。

私は、もう20年以上前になりますが、短期間の米国研修でニューヨークの視覚障害者のシェルタード・ワークショップ(授産所)を訪れたとき、その賃金を聞いて、小倉氏と同じような思いになりました。

そして、視覚障害者である私にとっては、そのワークショップでシェルターされている(守られている)のは、働いている視覚障害者ではなくて、管理している健常者の職員の方だなと実感しました。

さて、この状況を打開すべくヤマト福祉財団が援助してできたのがスワンベーカリー、もともとはパン屋さんとしてスタートしていますが、障害者の仕事の可能性を求めて、いろいろなビジネスの挑戦が行われています。

その新ビジネスへの挑戦として、(有)ヴィ王子は、このたびブックオフの古本出張買取サービスの業務委託を始めました。

 これを率いるのが元養護教諭の小島靖子さん、障害児をもつ親たちと一緒に北区十条で障害者が自立して働ける場を立ち上げました。

障害者は、可能性を諦めずに一歩ずつ前に進めば必ず進歩します。

その進歩、その成長を労働に結び付け、適切な経営によって収益を上げ、魅力のある報酬を障害者に与える。それでまたモティベーションが上がるというプラス・スパイラルを実現しているグループの一つがこのスワンベーカリーだ。

スワンベーカリー十条店((有)ヴィ王子)

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年5月19日

by amedia  at 16:56  | Permalink

職場介助者助成金

この連休の前に、衆参両議院長宛の「視覚障害者のための職場介助者制度の適用期間延長を求める請願書」が私の手元に届いた。

十度の障害者に対して、職場で介助者を配置する場合、その介助者が介助した業務時間に対して、賃金の一定割合を助成する制度がある。

この制度が重度障害者の雇用を促進してきたことは間違いない。

ただ、この制度には、対象となる障害者が就職してから10年間という期限が区切られており、それよりも長期雇用になると、その介助者に対する助成金は支給されない。

この制度を私、望月優が経営者の視点から評価するならば、大変ありがたい制度であり、十度の障害者の雇用を検討する際に、大いに後押しとなることは間違いない。

しかし、会社経営の立場で考えるならば、障害者と言えども他の社員と同等の基準で賃金を支払っているのだから、業務能力を高め、健常者の社員と遜色のない仕事をしてもらいたい。当然、私自身もそれが実現できるよう、健常者の社員とチームを組ませ、そのチームの中で障害者が一人前の仕事ができるように仕組む。

理屈から言えば、これが実現した段階で、職場介助者助成金は必要なくなる。その意味で、期限が区切られていることには大きな意味があると思う。むしろ、10年というのは長すぎるぐらいだ。

一方、今回の請願運動は、東京・荒川区にある雑草の会という共同作業所で働く視覚障害者が、働き始めてからもうすぐ10年になるというのが直接のきっかけだ。

民間企業ではない。

このように、一般の民間企業と障害者の雇用比率が50パーセント以上にもなるような共同作業所を同じ制度でやりくりしてよいのだろうかという課題は大きい。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年5月12日

by amedia  at 16:54  | Permalink

点字楽譜のデータベース化で広がる盲人音楽家の活躍の場

このほど、点字楽譜利用連絡会(仮称)の設立が決まり、初代会長にバイオリニストの和波孝禧さんが就任した。

この会は、日本全国の点字楽譜についての情報をデータベース化し、極力速やかに必要とする点字楽譜を必要な視覚障害者に提供することを目的としている。

もともと、点字は1825年にフランス人、ルイ・ブライユによって考案されたものだが、このときの点字は楽譜だった。つまり、文章を書くための点字は楽譜点字の後にできたのである。

この事実は、視覚障害者にとって音楽が大変有力な仕事や趣味の一つであり、そのための点字楽譜がいかに重要であるかということを物語っている。

本誌の今号でも、視覚障害者が音楽で活躍している話題があるぐらいだ。

もともと、点字楽譜は点訳できる人が非常に少ないことや、視覚障害者でも音楽を専門にする人達以外はあまり利用しないことから、必要な人と点訳できる人が直接結びついた形で、所在が公表されずに存在する楽譜が非常に多いと考えられる。

この状況が、新規に音楽を勉強したいと希望する視覚障害者の参入を妨げていた。また、既に点訳者との連係のある音楽家でも、時間と労力のかかる点訳を依頼するのには、相当吟味して選別した上で、本当に必須のものだけを点訳依頼してきたに違いない。

今回の連絡会によるデータベース化とニーズのある視覚障害者のグループ化は、これらの大きな問題をかなり緩和することになるであろう。

なお、この会の発足は、皇后さまの盲人音楽家の楽譜点訳に役立てて欲しいというメッセージ付きでのご寄付がきっかけとなった。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年4月21日

by amedia  at 16:51  | Permalink

若者が親切に感じられる新学期

「お手伝いしましょうか」、おずおずと若い女性が高田馬場駅ホームの階段のところで声をかけてくれた。

「お願いします」と答えて彼女の肩につかまる私。ホームから階段を降りて出札を出たところで「ここからは一人で大丈夫ですから」と声をかけて先に行ってもらう。

これは昨日の風景だが、このような親切な声掛けは特に4月は頻繁だと感じるのは私の気のせいだろうか。

アメディアの最寄駅、高田馬場駅近くには、早稲田大学をはじめ、福祉専門学校なども含めて学校が多い。

声を掛けてくれる若者達の中には、おどおどしている様子の人も少なくない。

地方から出てきて、初めて見かける目の見えない人(私)に、勇気を振り絞って声を掛けてくれているのだろう。

だから私は決して断らない。どんなに慣れている場所でも彼らと一緒に歩くことを好む。

ただ、おそらく彼らは今度はどこで私を開放してよいのかとまどうだろう。だから、いつも私の方から「ここからは大丈夫です」と言って先に行ってもらう。

気持ちを新たにしている若者達は、私達障害者に対しても前向きなのだ。そのプラス思考の生き方をほんの少しでも応援したい。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年4月14日

by amedia  at 16:48  | Permalink

大里さん、医師国家試験合格おめでとう

第99回医師国家試験に合格した大里晃弘さん(1955年1月5日、茨城県ひたちなか市生まれ)は全盲。30年近く前の東京医科歯科大学4年生の頃から、視力が落ち始めたという。

医科歯科大学では、通常6年で終了する医学部を、どんどん衰えてくる視力と闘いながら8年で卒業した。

最後の年は各地の病院を廻っての実習だが、これも同級生等の協力を得、拡大読書機を駆使して何とか卒業にこぎつけた。

卒業時点で、大里さんの視力はわずかに残っていたため、当時の法律でも受験OKとの厚生省の言質を取って受験。拡大読書機を用いて挑戦したが、さすがに写真の出題に対応できず涙を飲んだ。

その後はさらに視力が衰え、医師国家試験の受験も不可能となり、盲界に足を踏み込むこととなった。

視覚障害者の施設に勤め、所沢の職業リハビリセンターでコンピュータを学び、一般企業に就職したがその会社が倒産したため盲学校の理療科に入学してあんま鍼灸の免許を取って改行するなど、大里さんの闘いは続いた。

一方、視覚障害者の地位や生活向上のための市民活動にも積極的に関わり、 全日本視覚障害者協議会 の役員を務めていたこともある。

2001年にお母様を事故で亡くし、実家に戻って細々とあんま鍼灸治療で生活していたところ、法律が改正されてどんな障害者でも医師国家試験を受けることができるようになったという吉報が入った。

それから大里さんの医師への夢が再び広がった。

法律改正後の2003年に早速受験したが、自己採点でも全く歯が立たなかった。

一昨年の8月に自宅の治療院を閉じて、受験勉強に専念し、医師国家試験に突進して今回の快挙となった。

各科をローテーションで廻っていく2年間の研修医としてのお勤めをどのようにこなすかなど、今後の課題も甘くないと冷静に分析する大里さん。

私は彼が間違いなく良い医者になるだろうという確信を得た。

(「週刊福祉情報」ライター・マジオ)

2005年4月7日

by amedia  at 16:23  | Permalink

週刊福祉情報コラム集

このサイトでは、 メルマガ「週刊福祉情報」 でコラム記事をかいているライターが福祉業界の事情や障害者の活躍ぶりを感性豊かに紹介しています。

ライターは皆何らかの障害を持っている障害当事者です。

障害者との接し方がわからない、障害者の気持ちを知りたいというあなた、そして何よりも福祉の仕事に就職・転職したいあなたにとって、必読の情報となるでしょう。

社会福祉士、ケースワーカー、ケアマネージャー、障害者雇用アドバイザー、ジョブ・コーチ、介護福祉士、ガイドヘルパー、ホームヘルパーなどなど、実際に障害者と接する仕事に携わっておられるあなたは、是非メールマガジン 週刊福祉情報の方もご購読ください。

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