度々、バリアフリー映画鑑賞推進団体「CityLights」に関する
お話を書かせていただいてますが、今日もそちらの話題からです。
最近私は、同じCityLightsで活動している、
音声ガイドや字幕朗読を担当している晴眼者メンバーの一人と組んで、
高校の福祉関連の授業を受け持っています。
内容は、「音声ガイド作り」です。新しいタイプのボランティアとして、
注目していただいた結果、実現したようです。
「音声ガイド」とは、映画やTVなど映像メディアに、
音で聞くだけでは把握できない視覚的情報を説明することで、
TV業界などでは「副音声解説」などと言われている物です。
今回は、授業で取り上げた「ドラえもん」のガイドを
作っているときに感じたことをお話します。
私たちのような先天性の視覚障害者の多くは、
TVを耳で観ています。普通に「聞いて」いるのではなく、
経験を土台にした想像で映像情報を補いつつ、
正に「観て」いるのです。
それでは分からないことがたくさんあるからこそ、
音声ガイドが重要になってくるのですが、
「サザエさん」「ちびまるこちゃん」「クレヨンしんちゃん」
「ドラえもん」といったファミリーアニメの場合は、
台詞量の多さもあって、この「耳で観ること」だけでほとんどの内容を
把握できるのです。 と、私は思い込んでいました。
いや、複雑なアクションやSF物などから比べれば、
確かに理解できる物ではあるのですが、
なまじ理解しやすいだけに違う想像をして通り過ぎていることに、
ガイド作りをしながら気づかされたのです。
今回授業で取り上げたドラえもんの作品は、
TV放映された10分強の作品の中の一つで、
「おかしなおかしなかさ」という作品です。
あらすじは、振り出した雨に困ったパパのSOSで、
のび太とドラえもんが駅まで傘を持って迎えにいくというものなのですが、
そこでドラえもんが四次元ポケットから取り出す奇想天外な傘たちが、
パパだけではなく、いじめっ子のジャイアンやスネ夫(すねお)たちをも
翻弄することになります。
その描写をガイド無しで「耳で鑑賞」していたときには、
「なんだ。ほとんどガイド無しでも把握できるから楽じゃないか」と
思っていたのですが、いざガイドを入れてもらってみたら、
やはり細部が違うのです。
例えば、ジャイアンが、傘を受け取ったまま
叫び声をたなびかせて走り去るシーンは、
ただかってに飛んでいく傘に引きずられているのかと思っていたら、
なんと、その傘が下駄履きの足のついている唐傘で、
開くと妖怪がわらわらと降ってきて、
それに驚いたジャイアンが一目散に逃げていくというシーンだったのでした。
また、公園で雨宿りしていたスネ夫が、
飛んできたマラソン傘を掴んだとたんに、
これまた悲鳴を上げながら遠ざかっていったのは、
ただ引きずられたのだと思っていたら、
マラソン傘の柄に付いたピョコピョコ動く足首を、
反対向きに掴んでしまったために、後ろ向きに走らされるはめになっていたのです。
こういったことは、大まかなストーリー進行上では
あまり問題にならないことなので、
自分の想像の中ではきれいに完結してしまうのですが、
知ってみれば面白さ倍増なのです。
視覚障害者の中には、「ずっと想像で観てきたのだから、
余計なガイドなど要らない」とか「説明は最小限でいいんです」と
おっしゃる方がおられます。私も、かつては後者のタイプでした。
でも、妙な誤解をしたり、面白さや感動をほんの少ししか得ていないことに
気づいた時、説明で補ってもらうことの重要性を痛感したのでした。
もちろん、無音の部分や音楽や効果音によっての想像する余地を残したり、
必要以上のガイドを入れてしまわないように気を配っていただくことは大事です。
その上で、なるべく効果的映像情報を得ようとすることは、
自分自身の心の栄養を摂取することにもつながるし、
何より、作品の作り手に対する礼儀にもつながると思うのです。
全ての視覚障害者の方にこの考えを押し付けるのは間違いだとは思うのですが、
私自身が気づいたことなので、ぜひお話してみたいと思った次第です。
次回のコラムでは、3月に行われる、調布映画祭でのバリアフリー上映を中心に、
各地での取り組みについてお知らせします。お楽しみに!
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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)
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