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春うらら
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理解広まるバリアフリー上映!-4月4日横浜で『父と暮らせば』上映会

 4月4日、横浜の関内ホールで、井上 ひさし原作の
「父と暮らせば」のバリアフリー上映を行います。

 今回の上映会は、「母べえ(かあべえ)」のバリアフリー上映をやった
映画館の一つ、横浜ニューテアトルという劇場の支配人から
申し出てくださって実現するものなのです。
 きっかけは、関内ホールという横浜で一番人気の公共ホールが、
たまたま4月4日(金)の午前・午後の枠が空いているので、
このニューテアトルに「何かイベントをやってはどうか?」と
言ってきたのだそうです。
そこで、「母べえ」でバリアフリー上映の必要性を感じ入ったという支配人が、
「フィルム代、映写技師、会場代は、ニューテアトルが負担するので、
作品選定と、来場者動員、当日の運営を、シティライツでやってみませんか?」と
声をかけてくださったのです。
 さらに、もう一つの映画館「シネマ・ジャック&ベティ」も、
もろ手をあげて協力してくださることになりました。
 本当に、シティライツが発足した7年前からは、想像もできない動きです。
この間、シティライツをはじめ、
いろいろなバリアフリー上映を推進するサークルが誕生したり、
その動きを汲んで動いてくださる配給会社が増えてきました。
 そしてついに、今回のように、映画館サイドでも、
自主的に申し出てくださるところが出てきたというのは、本当に嬉しいことです。
 ということで、以前紹介しました
「夢の映画館に近づくイベント=シティライツ座」を、
横浜でも実現させることになりましたので、
どうぞふるってご参加くださいませ。入場無料ですよ!!


■シティ・ライツ座 in yokohama 
  ~『父と暮らせば』音声ガイド付き上映会~

主催:バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティ・ライツ
共催:横浜ニューテアトル/シネマ・ジャック&ベティ
協力:シネマ・アシスト

『父と暮らせば』 2004年/日本映画/99分
監督 黒木和雄 原作 井上ひさし 
出演 宮沢りえ 、 原田芳雄 、 浅野忠信 ほか

(あらすじ)
 いかなる悲惨さの中でも変わらぬ人間の尊厳を市井の名もなき父娘に託して、
現代日本を代表する作家・井上ひさしが描く傑作戯曲「父と暮らせば」の映画化。
広島の原爆投下から3年、生き残った後ろめたさから幸せになることを拒否し、
苦悩の日々を送る主人公・美津江。
父・竹造に励まされ、悲しみを乗り越え、未来に目を向けるまで4日間の物語。
第二回読売演劇大賞「優秀作品賞」受賞作品。

★目の不自由な方々にもお楽しみいただける、
場面解説の音声ガイドをFM88.5MHzで放送いたします。
ご希望の方はFMラジオをご持参ください。

日時: 2008年4月4日(金) 
会場: 関内ホール(大ホール) TEL 045-662-1221

<プログラム>
12:00 開場
13:00 音声ガイドって何だろう? (紹介ビデオの上映とお話) 
13:40 『父と暮らせば』上映開始
15:30 上映終了

交通アクセス
  JR京浜東北・根岸線「関内」駅北口徒歩5分。
  市営地下鉄ブルーライン「関内」駅9番出口からすぐ。
  みなとみらい線 「馬車道」駅 5番出口より 徒歩3分。

入場無料

お申込は不要です。当日直接会場へお越しください。
(※会場最寄り駅からの誘導をご希望の方、ラジオの貸出をご希望の方のみ、
3月末日までにお申し込みください。
 ★また、当日の受付、誘導等をお手伝いくださるボランティアも大募集しております。
ご協力いただける方は、下記まで「ボランティア希望」でお申し込みください。)

お申し込み・問い合わせ先 
バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティ・ライツ
メール:eigasai@citylights01.org
電話:シティライツ事務局 03-3917-1995 
      または 03-6760-6234(担当:栗田)


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 15:49  | Permalink

暗黙のマナーに物申す!…申したいけれど…

 先週、アメディアのメーリングリストで、
エスカレーターのことが話題になりました。
それをきっかけに考えたことがあるので、少し書いてみたいと思います。

 話題の発端は、東京メトロ東西線の木場駅のエスカレーターでの事故の話でした。
 2歳の女の子を連れた母親が、エスカレーターを歩いて通ろうとした
人の邪魔にならないよう左側によったところ、
その女の子のゴム長靴がステップ端の5ミリの溝に
はまってしまって動けなくなり、足の甲を骨折するという
重傷を負ってしまったということでした。

 よく、エスカレーターでは、安全を喚起するために、
「ステップ中央にお乗りください」というアナウンスが流れています。
にも関わらず、ここ20年くらい、東京周辺では、
ちゃんと立ち止まって乗る人は左に寄って、
右側は自力で上り下りする人のために空けておかなければならないというのが、
暗黙のマナーみたいになってしまっています。
大阪周辺では、もっと前から、左を空ける乗り方が定着していました。
 主に都内で活動している私も、
「ほう、これは合理的だな」などとのんきに考え、
視覚障害者であるにも関わらず、
急ぐときには右側族の仲間入りをしていたこともありました。
 けれど、よく考えると、「ステップの中央にお乗りください」というのは、
「端に寄り過ぎると、ステップの溝に挟まれて動けなくなり、
エスカレーターの到達地点では巻き込まれて怪我をする危険性がありますよ」
ということなのです。
 しかも、片側に寄って、もう片側をドスドスと上り下りされると、
重量のバランスが悪くなり、エスカレーターの故障の原因にもなるといいます。

 そもそもエスカレーターは、足腰をいたわりたい人のために存在する物であって、
急ぎたい人が自力だけでは足らずに機械の力もプラスして
急ぐための機械ではないはずです。
つまり、歩行弱者に優しくなければいけないはずです。
 ところが、片側通行を許すということは、
エスカレーターの寿命をおびやかすだけでなく、
片麻痺などで、どちらか片方の手でしかベルトにつかまることのできない
障害者にとっての大きな妨げにもなっているのです。
 「だったら、そういう人はエレベーターに回ればいいじゃないか」
という声も聞こえてきそうだけれど、
エスカレーターの本来の意味合いを考えるなら、
いま自力でエスカレーターを上り下りしている人たちこそ、
「そんなに元気なら階段をお使いなさい」と言われてしかるべきだと思います。
 また、設置する側も、横幅の狭いエスカレーターを設置し、
自力で上り下りしたい人たちが自動的に階段を利用するように
促すようなことは検討できないものでしょうか。

 とにかく、本来立ち止まるべきエスカレーターで、
人が通る側を空けていないということで罪悪感を感じたりしなければならない、
この変な「暗黙のマナー」をなんとか無くす方法はないものでしょうか。
 と書いていても、見掛けによらず小心者の私は、
今日もエスカレーターの左側に立って、ため息をついてしまうのでしょう。

 この件、ぜひご意見など寄せていただければと思います。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



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by amedia  at 14:07  | Permalink

ガイドヘルパーに大切なこと

 私は、晴眼者のパートナーDと暮らしています。
当然、Dは日常的に私と一緒に歩いているので、
視覚障害者の誘導にはある程度慣れています。
 そこでDは、その経験を生かし、ガイドヘルパーになるべく、
四日間の講習会を受講しました。
 一日目、帰ってきたDの第一声は
「よく今まで俺のガイドで怖くなかったね。」でした。
段差などの警告と一時停止、エスカレーターの乗り方など
、私のようなベテラン盲人(?)とばかり歩いていると、
いわゆる「きちんとした誘導」ではなくなってしまうのかもしれません。
 そうとう脅されてきたのか、それ以来、誘導している中で、少しずつ意識するよう
になったようです。
 Dの聞いてきた話で印象に残ったことは、
「中途失明者がようやく勇気を出して外出した時に、
ガイドヘルパーさんに誘導されていて転んだりぶつかったりして
恐怖を感じてしまったら、自信喪失して、
再び外出する気持ちになれなくなってしまうかもしれない。
だからこそ、ガイドヘルパーの技術と気遣いが大切なのだ。」
ということでした。日ごろ知り合った晴眼者の人たちに、
「ちょっと腕か肩を貸してくれれば(つかまらせてもらえれば)歩けるから」と
気軽に説明している私としては、大反省でした。
何事も、自分を基準に考えてばかりではだめなのだと思ったのです。

 そういえば、そんな私も、数年前にある小学校にゲストティーチャーで
行ったとき、誘導してくれた女の子とおしゃべりに夢中になっていて、
3段くらいの階段を一緒に踏み外してびっくりしたことがありました。
すぐに起き上がった私は、実は「うっ!」と声を上げそうな程には痛かったのですが、
何食わぬ顔で話の続きをしていました。
そして、私との会話を心から楽しんでくれていた彼女がかわいそうだったので、
教員の方には内緒にしたのでした。今思えば、
教員に内緒にしたことは悪くなかったけれど、
「段差は必ず教えてね」くらいはちゃんと伝えておくべきだったと思います。

 とはいうものの、やはりガイドヘルパーとして活動していく上でまず大切なのは、
利用者である視覚障害者との対話です。
利用者の経験度、感の良し悪し、体調など、
様子を見たり話をしたりしながらどこまでサポートすべきか、
あるいはうっとうしがられない程度に略したりという匙加減を、
臨機応変にできるようになることが大切なのだと思います。
 これから実際にガイドヘルパーとして活動していく中で、
Dがどう変わっていくのか、こちらは元気に一人歩きしつつ、
見守っていきたいと思っているところです。

 そうそう、技術が必要だと言っても、街で一人歩きしている視覚障害者は、
それなりの経験を積んで歩いているはずなので、
こういう人たち(私も含めてですが)には、誰でも積極的に声をかけて、
誘導していただけると助かります。宜しくお願いしますね。(^_^)


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



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by amedia  at 15:11  | Permalink

福祉コラムを読んで

わたしが一人歩きをするようになってから、26年が経過しようとしています。
わたしは、某盲児施設で、今は存在感がなくなってきた「ソニックガイド」と言うものの訓練をしたかったので、
盲学校(今で言う盲特別支援学校)の小学部を卒業するかいなかと言う時期に入所しました。
そこで、盲特別支援学校とは違った世界が頸肩できました。
杖をつくだけだとはいえ、いろいろなメニューがあり、はたして覚えられるかどうか、不安でした。
そこは、たいへん厳しい訓練内容なので、先生はわたしに「涙がちょちょぎれる」と脅かしていたものでしたが、
わたしは死ぬ思いでがんばったつもりです。
さて、一人で歩くようになって、いいときと嫌なときが当然あるわけですが、
まず、いい面では、いわゆる「やくざ者」が声をかけてきてくれたりすることです。
「茶髪」の人も声をかけてくれます。
周りで見ていた人には、「あの人やくざs
でした」と言われて、はてな、と思ったのでした。こちらはわかりませんからね。
悪い面では、変な宗教に勧誘されたりしました。
タクシーに乗ったとき、これも今はあまり聞かなくなった「オウム心理今日」の一員だといわれたりしました。
今は懐かしい話ですが、当時は腹がたって、タクシー会社に電話しました。
それから、バスに乗ったとき、1000円を入れたのに、おつりをちょろまかされたこともありました。
みなさん、私生活で嫌な思いをしたら、回りにどんどん訴えましょう。
鉱響交通機関で嫌な思いをしたら、係りの人に言いましょう。

最後に面白い話をしましょう。
これもやはり一人であるいていたら、いきなり英語で声をかけられました。
あれは、横浜えきだったかと思います。
その頃は、中学は卒業した後だったのですが、
英語が聞き取れず、無趾してしまいました。
それが今だったら、それなりの変時をすると思います。
おわり

齋藤勝利様

by amedia  at 17:54  | Permalink

視覚障害者の一人歩きと街中の交通機関

 どんなに頭脳明晰であっても、「マイカーを持ち、それを運転する」
ということが不可能な視覚障害者にとって、バスやタクシーの割引は、
本当にありがたい制度だと感謝して利用しています。
 そんな街中の交通機関にも、ケース・バイ・ケースで苦楽を感じることがあります。

 まず、バス・タクシー両方に共通して言えることは、
正しく列に並んで待つのがかなり困難だということです。
特にタクシーの場合は、最前列の人が乗って離れていく度に
少しずつ列が前に進んでいくので、
どれだけ進めば良いのか把握することが難しいのです。
 一人歩きを始めた頃は、勇気が出なくておたおたしているうちに、
どんどん横入りされたり、自分の意図せずに横入りになってしまい舌打ちされたりと、
ずいぶん嫌な思いをしたものですが、
最近では、なるべく近くの人に声をかけて、一緒に並んでもらい、
進む度に手引きしてもらうようになりました。
頼む勇気が出ると、周囲の人たちとも、
お互いに変な気兼ねをすることが減るものです。
ちなみに、これは公共のトイレやスーパーのレジなどの列でも言えることです。

 バスは、乗り込む際に運転手さんに行き先を尋ねれば、
安心して利用することができるというメリットがあります。
整理券を取らなければならない方式のときには、
取る位置が分からずに少し苦労することはありますが、
それも周りの人に尋ねる勇気さえあれば、さほどのストレスにはなりません。
 むしろ、一番苦労するのは、座席のことです。
電車に比べて揺れの激しいバスの場合、
必ず手すりやつり革に捕まる必要があり、手で探ったりするのですが、
そうすると、ご高齢の方が座席を譲ってくださろうとなさるのです。
 「ありがとうございます。でも、私は捕まってれば大丈夫ですから」
と柔らかくお断りしても、なかなか座りなおしてはくれません。
 そんなこともあるので、入り口からあまり動かないで立っていると、
今度は後から乗ってこられた方のじゃまになってしまいます。
 バスに関しては、日々、そんな葛藤を感じながら利用しています。

 タクシーは、アタリ・ハズレが激しい交通機関です。
 まず、メリットとしては、行き先の玄関前まで
しっかり連れていってもらえるということがあります。
視覚障害者の場合、大雑把に近くまで行けたとしても、
目的の建物を特定すること、さらにその入り口を認識することが
最も困難なこととなるので、しっかり真ん前まで
連れていってもらえるということは、大変助かることなのです。
さらに、多くの場合、運転手さんがとても親切で、
降りたときに、その玄関口までしっかり手引きしてくださるのです。
 ところが、ハズレの場合は悲惨です。
 私の経験から少しお話すると…。
 1. 「目で見て道を説明することもできないのに、
一人で乗るなんて困るんですよ。」と言われて、
ぐるぐる回られたあげく、法外な料金を請求された。
 2. 上と同じケースで、「お金は要らないから、降りちゃって」と言って、
どことも知れないところに放り出された。
 3. 通りがかりの人に頼んだりしてタクシーを拾おうとしたのに、
乗車拒否された。
 4. 障害者手帳を提示して割引をお願いしたら、
嫌な顔をされたあげく、つり銭を道路に投げられた。
 と、こんなこともあったのです。
 対策としては、次のようなことが考えられます。
● 迎車メーター分の料金はかかっても、知っているタクシー会社に電話して呼ぶ。
● タクシー乗り場から利用する場合、乗り込む際に、運転手が行き先を理解できそ
うか確認して、怪しいようなら次の順番の人に先に乗ってもらう。
● 後部座席左の窓の下寄りにタクシー会社と番号が記載された点字表示があるかど
うか触ってみて、あれば口に出して読み上げてみる。(嫌な思いをしたら、それを憶
えておいて、そのタクシー会社に電話して事情を訴える。)
● 点字表示がない場合、領収証をもらっておく。
そこには、タクシーのナンバー等が記載されているので、
誰かに見てもらって、やはりタクシー会社に連絡する。

 いずれにしても、視覚障害者の一人歩きには、かなり勇気が必要です。
それは、物理的な恐怖心に立ち向かうということだけではなく、
周りの他人としっかりコミュニケーションを図っていこうとする
勇気でもあるのです。
 それでも、自分の意思で行き先を増やしたりやめたり、
臨機応変に行動できる。
そんな風に自由という物は素晴らしいと感じているのです。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



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by amedia  at 11:24  | Permalink