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春うらら
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ひよっ子頑張る!

 以前ご案内しました、演劇結社ばっかりばっかりの朗読会「朗読御膳」が、
先日、5月25日に無事終了しました。
 原宿の「ギャラリーハセガワ」という小さな会場で行ないましたので、
各回30人限定としましたが、昼の回は規定人数を少し超えるくらい集まりました。
夜は半分強といった入りでした。
 お客さんたちには、バラエティに富んだ内容に
満足して楽しんでいただけたようで、とても嬉しかったのですが、
私自身も、いろいろと反省事項はありながらも、大いに楽しませていただきました。
 ご来場くださった皆さん、本当にありがとうございました!!

 私がそんなことをやっていた頃、母方の親戚では、
ちょっとしたイベントが行なわれていました。
 それは、私の祖母、つまり、母の母親・千代子さんが、
満百歳になった長寿のお祝いだったのです。
 この祖母とは、いろいろな思い出があります。
 私は目が不自由だったこともあって、
孫の中でも最も心配をかけていたようです。
 特に、弟の出産の際、母が私をこの祖母に託して入院したとき、
たった4歳で泣き虫だった私を背負って家事にいそしんでいた姿は、
実は今でもふと思い出すことがあるのです。
負ぶさった私の目の前に、祖母の肩口で揺れるふわふわの髪が、
すごく優しく見えたものでした。
それなのに、しゃくりあげることを止められずにビービー泣いてた私、
本当に面倒をかけてました。
 また、そのときのことだったと思いますが、
2階の庇に出て落っこちそうになっていたところを、
そぉっと捕まえて助けてくれたのでした。
祖母は、この話を後々まで語り草にしていたものです。
ということは、祖母は私の命の恩人でもあったようです。
心配かけたり、面倒かけたりの日々、改めて振り返ると、
申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいになります。
 今は、体も絶好調で、食欲も旺盛で、日々通いつめているデイサービスでも、
最高齢者でありながら、手先の器用さには定評があり、
祖母の作る様々な手芸品は、とても喜ばれているそうです。
 忙しさにまぎれて、今ではすっかりご無沙汰してしまっているし、
今回のお祝いにも出席できませんでしたが、いつまでも元気でいてくれるよう、
遠くから祈っています。
そして、いつまでも楽しく暮らしていってくれますように、と。

 さて、まだその祖母の半分も生きていない私、ひよっ子めぐちゃんも、
ひよっ子なりに頑張らねばなりません。
 朗読会が終わったばかりですが、もう12月10日から14日の5日間
行なう予定の次の芝居へ向けて、体力作りと技術を磨くことに、日夜励んでいます。
 私も、百歳まで現役で、芝居に朗読に歌に、楽しく頑張っていきたいものです。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



障害者や高齢者に優しいWEBサイト作り「ウェブアクセシビリティ入門」

by amedia  at 13:37  | Permalink

「ばいきんまん、とんでっちゃったーい!」

音声ガイドもここまできたかと、嬉しいやらおかしいやら楽しいやらです。
なんと、この4月から、あの幼児たちのヒーローが活躍するアニメ
「それゆけ!アンパンマン」に副音声ガイドが付くようになったのです。
ところが、肝心の視覚障害者にはこの情報は伝わっておらず、
私も4月のとある金曜日の夕方たまたま自宅にいて、
偶然観て、びっくらこいたのでした。
これほど音声ガイドにたずさわっているのに、まったく情報がなかったとは驚きでした。
そのガイドなのですが、これまでのTVドラマや映画や演劇などの
副音声・音声ガイドの常識を覆した、子供向きならではのものすごいガイドなのです。
曰く、「アンパンマン、ばいきんまんを掴んで、投げたー!ばいきんまん、
おそらの向こうに飛んでっちゃったーい!」
おなじみ石丸博也さんが、パワー全開ハイテンションで、
ご本人も楽しんでおられるに違いない名調子を聞かせてくれるのです。
これはもう、子供たちは大いに楽しむことでしょう。
というか、私自身が本当に楽しくなりました。
ときおり音声ガイド作りの講習会の講師をしている私は、
「ガイドナレーションは、作品の雰囲気は大事にしたほうがいいけど、
なるべく冷静に」などと言っているのですが、正に「目から鱗」でした。
物語の中に入り込み、登場キャラクターの一員のような顔(声?)で、
狂言回し的な役割を担っているようなこのガイドを指示した担当スタッフと、
そのガイド原稿を作ったスタッフ、そしてそれを十二分に生かす
ナレーションができる石丸さんには、本当に頭の下がる想いです。
少し前に、杉並区の高校で「ドラえもん」のあるお話を教材にして
ガイド原稿作りの指導をしたことがありましたが、
いかに既成概念に捕らわれていたかと、反省しきりでした。
(それでも、「でれでれするのび太」「更にでれでれするのび太」
「のび太、でれでれマックス」というガイドを作った生徒には、
思わず拍手を送ってしまったりしてましたが。)
日本語字幕付きで聴覚障害者の方に配慮した番組に比べて、
まだまだ数が少ない副音声ガイド付きの視覚障害者対応番組ですが、
ほんの少しずつ増えてはきているようです。
各局地デジ対応での副音声ガイドを始めているようですが、
2011年の地デジ完全運用に向けて、より多くのジャンルの、
より多くの番組に副音声ガイドが付くようになればと願っています。
また、そのガイド付き番組の情報も視覚障害当事者にストレートに届くよう、
新聞の番組欄で表示するだけではなく、CM枠の番組宣伝の折りに音声で情報を提供するなどして、
伝える工夫をしていただきたいものです。
今回の「アンパンマン」も、「目の見えないお友達も副音声で一緒に楽しもうね」などと、
アンパンマンの声の戸田恵子さんに言ってもらうなどできていたら、
どんなに良かっただろうと思ってしまいました。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 14:06  | Permalink

リモメに救われてます

連休明け、なんと、いきなり我が家のネット環境が閉ざされてしまいました。
ADSLを使用している関係で電話回線の問題なのですが、
今の私(ネットの便利さを知ってしまった視覚障害者)にとって
ネットにアクセスできないというのは、
電気釜をやめて竈でご飯を炊けと言われるようなものなのです。
テレビを観ているとき、気になる人物が話題になっていたり、
とても素晴らしい演技をしていたりすると、
その人のことについて知りたくなります。
そうすると、即座にネットにアクセスし、‘WIKIPEDIA’を使って調べます。
分からない地名や単語が出てきたら、これまた即座にネットにアクセスし、
‘GOOGLE’や‘YAHOO’を利用して調べます。
とても美味しいけどとてもリーズナブルなお店が生活圏内にあると聞いたら、
これまたまたアクセスして調べます。
友達からOSUSUMENO本を紹介されて是非とも読んでみたいと思ったら、
ないーぶネットにアクセスし、ダウンロードして読みふけります。
そんな風に、私の毎日の生活の中でのネットとは、大変便利なツールになっています。
しかし、これらのことは、まだ無いなら無くても耐えられます、我慢できます。
何がキツいといって、メールが使えないのが最大の悩みなのです。
個人間のやり取りのみならず、いくつかのメーリングリストにも参加している私は、
メールを通しての情報交換ができないと、仕事にも差し支えるのです。
特に役員をやっているサークルのスタッフMLでのやり取りができなくなってしまうと、
使えないただのデクノボウ役員になってしまいます。
なのに、ネット環境の復旧の見通しは今月末まで立ちそうもないのです。
ほとほと弱り果て、私が一番関わっているMLに携帯のアドレスから、
「ごめんなさい。かくかくしかじかでネット環境が死んでるので、
メール返信もままなりません。暫くお待ちください。」といった内容のメールを投稿しました。
すると、MLの仲間から、思いがけない助け船が現れました。
それが、携帯のiモードサイトから、パソコンのアドレス宛にきた
メールの読み書き(受信・返信・転送・削除などの操作)ができるという情報でした。
同じようなサービスをしているところが複数あるらしいのですが、私はその友人の薦めで
「REMORTMAIL(リモートメール)」略して「リモメ」に登録することにしました。
詳しい使用レポートはいずれ姉妹メルマガの
「アメディアレポート」にでも書こうと思うのですが、登録手続きも簡単だし、
セキュリティもなかなかしっかりしています。
最近、他人のアドレスを装い嘘のメールを送る嫌がらせが
中高生の間で流行っているというニュースを耳にしましたが、
そういった成り代わりメールを防止するために、
自分のパソコンアドレスを登録するとそのアドレス宛に
確認メールが届くような仕組みになっているのです。
また、操作に慣れるまでの1日2日は少し手間取りますが、
慣れてくると不要なメールも簡単に一括削除できるようにもなりました。
入力自体は携帯でやるので、パソコンのキーを打つようにサクサク打ち込むことは難しいですが、
簡単な返信なら即座にできます。
私は、今回はやむを得ずということで登録したのですが、いつでもどこでも、
旅先でさえも簡単にパソコンメールのチェックをできるのは、
特別な事情がなくてもかなり便利なようですので、ネットが開通してからも、
引き続き利用しようかと思っています。
教えてくれた友人M君に大感謝しつつ、今回のコラムは、がんばって携帯で書いてみました。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



点字、インターネットなどの視覚障害者の情報文化や偉大な先駆者の業績を紹介~盲人の歴史


by amedia  at 14:48  | Permalink

火渡り体験

5月3日から四日間、幕張で行なわれた成功の9ステップという自己啓発セミナーで、
火渡りを体験しました。
火渡りはインドなどで行なわれている宗教行事で、
800度で燃え盛る墨の上を歩き渡るという儀式です。
セミナー会場のホテルの駐車場に火渡りの墨絨毯が敷かれ、
参加者全員の「イエス・イエス・イエス」という掛け声の中、
一人一人順番に火の上を歩いて渡って行きます。
そして、いよいよ私の順番が回ってきました。
私の場合、講師のジェームス・スキナー氏が直接手を握ってくれ、
5メートルぐらいと感じた墨絨毯の上を歩ききりました。
最後の方で火傷のように足が熱かったのですが、
渡りきったところでスタッフが水を足にかけてくれたので、
すぐにその厳しい熱さは収まっていきました。
この火渡り演習は、「感情のコントロール」を体得するためのものでした。
ほとんどの参加者が、赤く燃え盛る墨の前で恐怖を感じ、
第1歩目を踏み出すことを躊躇します。
この恐怖感を克服して踏み出し、歩き切るのがこの演習です。
ですが、私の場合、目が見えないので、
歩き出すのにほとんど恐怖はありませんでした。

みんなやっているのだから、自分にできないはずがないという気持ちでした。
ですから、「感情のコントロール」の演習にはならなかったかも知れません。
でも、実際、歩き終わる頃にはかなり熱かったのでした。

成功の9ステップ・セミナーは、年に4回ほど行なわれています。
詳しくは、以下でご覧ください。
http://www.emzshop.com/affiliate.asp?JID=216664&s=189&b=ml1470

望月優


盲人が開発した本物のブラインドタッチ特訓ソフト・スパルタイプ

by amedia  at 16:40  | Permalink

恩返ししたい時分に其の人は…

 去る4月23日、恩師が逝かれました。
私が、福島県立盲学校平(たいら)分校小学部高学年だった頃にお世話になった、
とても素敵な先生、新妻アサ子先生です。

 1年生から4年生までは、音楽の授業を受け持っていただき、
その優しさと凛とした雰囲気の絶妙なバランスにあこがれていたものです。

 東京教育大学附属盲学校(現筑波大学附属視覚特別支援学校)の
中学部を受験することを決めた5年生のとき、
その先生が私の担任になってくださいました。
 音楽が専門だと思っていたら、じつは国語が専門でいらした先生は、
今思えば先見の明がお有りだったのかもしれませんが、
私に漢字の音訓や熟語の勉強をいろいろ叩き込んでくださいました。
 それが、後になって、音声で確認できるワープロソフトを使うようになったとき、
本当に意味のある物となり、私を支えてくれました。
 また、この知識は、点訳校正の仕事にも非常に役立ち、
晴眼者である点訳者が読み違えて点訳してしまった物などに気づき易くもしてくれました。
例えば、「火口」という字を、火山の場合には「かこう」と読み、
火打石を使って火を点けるときの道具なら
「ほくち」と読むのではないかということなどです。

 先生は、優しいだけではなく、叱るときにはきっちり叱ってくれました。
「怒る」のではなく、冷静に「叱って」くださいました。
 いわき市内で一番高い「水石山(みずいしやま)」という、
馬が放牧されている山に遠足にいったときでした。
「さあ、出発前に、トイレにいきましょう」とおっしゃられたのに対して
「ヘーキでぇす」と答えた私でしたが、バスに乗って5分後くらいに
「やっぱり行けば良かった」と後悔しつつ
「先生、あの、行きたいんですけど」と申し出ると、
先生は優しく「どこへ?」とおっしゃいました。
「いやだ先生、鈍感ですねぇ。」と、非常に失礼なことを言ってしまった私に、
先生は、穏やかだけれど、とても厳しい調子で「いいえ、ちゃんと分かってます。
めぐみさんは冗談交じりに私に対してそんな言い方をしてはいけません。
集団行動をするときには、先のことを見越して行動しなければならない
ということを学んでください。」と、ぴしゃりとおっしゃいました。
これは、とても恥ずかしかった気持ちと共に、四十路になった今でも
鮮明に覚えている出来事です。

 2年続きで受け持ってくださった先生は、6年生になると、
放課後の補修授業もしてくださいました。同級生は一人しかいなかったのですが、
その弱視の女の子、ひとみちゃんも、一緒に補修授業に付き合ってくれて、
息が詰まることもなく楽しい放課後を過ごしていました。
 しかも、先生は、毎日美味しいクッキーなどを持ってきてくださり、
頭もお腹も満たしてくださいました。

 おかげさまで中学受験は成功して、その後、音楽に、言葉による表現に、
興味の赴くまま歩いてきた私ですが、その全ての原点にこの新妻先生がいらしたのだと、
訃報を受け取った今になって改めて気づかされました。
 よく、「孝行のしたい時分に親は無し」などと言いますが、
何十年もろくに連絡も取らずにきた私は、
先生の恩に何も報いることもできないままになってしまいました。
 だから、今は、先生へ感謝の気持ちをこめつつ「どうぞ、安らかにお眠りください。」と
心からご冥福を祈りたいと思います。
 そうして、先生が私にしてくださったことのようにはいかないかもしれないけれど、
私自身の持っているエネルギーや経験を、若い世代の皆さんにも分けていけるよう、
私なりのやり方で頑張っていきたいと思います。


ながら仕事でもホームページが楽しめる音声ブラウザ・ボイスサーフィン


(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)



目が見えない人はこんな風にホームページを~ボイスサーフィンブログ

by amedia  at 16:40  | Permalink