バリアが外れていくとき(其の二)
7月16日~20日まで上演された『改造人間哀歌2』関連のお話しの続きです。
初日前日、舞台の仕込み作業をやっている日、私は楽屋の片隅で持ち込み仕事をしながら、出演者の皆さんと交流していました。
ワンフロアー分の大きな楽屋に、主役の佐々木さんを含め、みんな一緒に詰め込まれていますが、実に楽しい雰囲気でした。
佐々木さんはとても歌うことがお好きで、若いころに出されていた歌も含めて、よく歌っておられました。終演後10日経った今も、頭の中に佐々木さんの歌声が響いている程です。
ここは、主宰篠原さんの持ち小屋なので、一つの建物の中に、稽古場、楽屋、劇場が全て揃っています。4階が稽古場、3階が楽屋、そして2階が劇場です。
ちなみに、1階は篠原さんのお知り合いだという店長さんが店番をしているホビーショップです。この店長さんも実に面白い人で、嬉しい話があるので、これはまた来週の話題の一部にしたいと思っています。
仕込みや稽古などで、みんなどたばたと出入りしています。当然のことながら、鈴木も出演者ですので頻繁に動き回っています。
というわけで、私は、4階と1階にしかないトイレに行くことも含め、自分で探検してフロア間の移動はどんどん自力でできるようにしました。自分でできることは自分でやる。当たり前のことですが、これをちゃんとやらないと、人にお願いしたいことも言えなくなります。だから、移動している私に、スタッフの人が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたとき、嬉しい思いで「はい、慣れましたので」と笑顔を向け
ることができました。
16日、初日が開けました!
この日は夜の部のみで、午後にはゲネプロ、つまり本番さながらのリハーサルが行なわれました。まだ客席も設置されていない中、わりと前方の上手(舞台に向かって右側)のほうに椅子を一つ出してもらい、そこでじっくり見学。前回稽古を観たときから比べて、みんなグレードアップしてるし、効果音やBGMもフルで入った状態の物を聞いたのはこれが始めてだったので、大興奮でした。例の、私のラジオの声も、芝居にすんなりなじんでいて、なんだかにんまりしてしまいました。
このときから、私は自分が音と台詞だけではわからないところを、気をつけてチェックし始めました。そこを覚えておいて、後で鈴木に説明してもらい、それを踏まえて私以外の視覚障害のお客さんにちゃんと説明できるようにするためです。
私のホームグラウンドである「演劇結社ばっかりばっかり」の芝居は、ステージ上に私と大河内君という2名の視覚障害者が乗っていることもあって、脚本や演出の段階から、視覚のハンディがあっても全て把握できるように工夫されているから何の憂いもなく観劇できるのは当たり前なのですが、他の劇団の物でも、普通の台詞の分量があれば、だいたい把握できます。しかも、シノハラステージングの作品はかなり台詞が多いほうなので、解説なしでも十分楽しめるのですが、ところどころ、説明したほうが圧倒的に心情が伝わるというような場面がありました。
この日の夜には、視覚障害のお客さんはいませんでした。私は、さらに食い入るように神経を研ぎ澄まして観劇しました。
この日から、毎公演、自分で気づいたり、鈴木に説明してもらったりで、この作品への理解度が高まっていきました。
翌日からは、昼の部には視覚障害の人が必ず観にきているという状況になりました。まだ17日は私も不完全だったのですが、翌日からは、視覚障害のお客さんの隣に座って説明してあげられるようになりました。
この頃になると、楽屋でも、私が疑問に思ったことを、鈴木以外のメンバーが率先して説明してくれるようになっていました。
また、さりげなく誘導などでサポートしてくれる人も増えてきましたし、差し入れのお菓子を分けてくれたり、芝居の話、グルメの話、その他いろんな話で一緒に盛り上がれるようになっていました。
また、17日の朝、喉の調子が良くないと嘆いておられた佐々木さんに、私が持っていた蜂蜜の飴を差し上げたところ、大変気に入ってくださったので、それから毎日二つずつ差し上げていました。いつもうれしそうに「ありがとね!」と声をかけてくださる瞬間が、とても幸せな瞬間でした。
さて、観劇サポートのほうですが、18日終演後に、翌日来る視覚障害のお客さんが点字ユーザーであることを思い出した私は、画期的なガイド方法を思いつきました
。
ということで、次回はそのお話しからにしましょう。
(来週へ続く)
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