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春うらら
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マニュアル化された対応の外にいる私

 取り留めのない話になってしまいますが、ひとときお付き合いください。

 「いらっしゃいませぇ!○○へようこそ!」
 某ファミレスに入ると、必ずこの歓迎メッセージが飛んできます。いわゆる「マニュアル化された接客」です。
 でも、私が入っていくと、そこからはマニュアル外の対応をせざるを得なくなります。テーブルへの誘導、メニュー紹介、ドリンクバーの利用など、いろいろ他のお客さんとは違う対応をしなければならないことがあるのです。
 でも、最初は戸惑っている店員さんも、何度か通っているうちに、親切になっていきます。店長の性格にもよるとは思いますが、そのお店の中での、視覚障害対応のルールみたいな物もできていったりします。

 ファミレスもファーストフードもコンビニも、サービスを合理化するために、それぞれの会社で決められたマニュアルに則った接客をするわけです。
 とは言え、それを基準とした上での臨機応変な部分で、個々の資質が問われてくるのです。また、店員の彼らを束ねる店長の性格は、同じチェーン店の中でもそうとうな違いを生み出しています。
 私の家から一番近いコンビニは、斜向かいに立っている2軒のコンビニです。
 片方のコンビニは、デザートは充実しているものの、品揃えはイマイチです。でも、店長さんがとても明るいおじさんで、バイトの店員さんたちもおおむね優しくて親切な人たちです。
 一方、その斜向かいにある売り上げ日本1の某コンビニは、お弁当やパンやお惣菜が、品数・味共に充実しているのですが、夕方以降に働いている店員さんたちがイマイチなのです。どうでも良さそうな口ぶりだったり、明らかにこちらを見ていない様子だったり、「ストローは要らないけど、お箸は入れてください」と言っても、意地悪じゃないかと思うほどしょっちゅう逆になったり、会計時に、プリンや焼きそばな
どを袋にボンボン投げ込むということに至っては、いったいどういう接客教育なのかと、頭を抱えたくなります。
 なので、どうしても後者のお店の物が食べたいというとき以外は、私は前者のお店を利用したいと思っています。

 マニュアル化されてる部分はやるけれど、通り一遍のことしかやらない従業員がいるのは、何も民間の店員ばかりではありません
 うちの地元の福祉行政には、首を傾げたくなることが多々あります。以前この欄でもお話しして、昨年のうちの劇団の芝居『トイメン』の中のネタにもさせてもらったエピソード、「点字ディスプレイを日常生活用具給付制度を利用して購入したいのですが」と電話で問い合わせたときの女性職員の一言、「は?点字でスプレーって何ですか?」と返され、一瞬固まってしまったことも、その一つの例です。この制度の業務に携わるなら、対象品目の用途くらいは勉強しておいてほしいもの
だと思ったのでした。
 しかも、問い合わせ当時に視聴覚二重障害の人にのみ認められていた給付が、それからあまり時が経たないうちに、視覚障害単一の障害者にも認められるようになっていたようなのですが、一度断られていたので諦めていた私は、実際に申請されるようになってから半年も立って、ようやく情報を入手したというていたらくでした。
 初めに「単一障害の方は認められていないんですよ」と言われた時点で、点字の読める視覚障害者にとって、点字ディスプレイが以下に役立つ物なのかということをできる限り噛み砕いて説明した上で、「もしも見直されて利用できるようになったらご連絡ください」と頼んであったのにも関わらず、一報もなかったのは、これまた意地悪されたのかしらと思ってしまいました。

 また、選挙直前の最近、地域の選挙管理委員会から、選挙に関する注意事項などが書かれた点字の小冊子が送られてきたのですが、なんと、これには普通文字の印刷物が、添え状として入っていたのです!「いや、それが入っていても、受け取った本人は読めませんから。」と思わずつっこみを入れたくなりました。この紙切れを作って入れることは大してお金のかかることではないでしょうけれど、まったく意味のないことなので、ちょっとした税金の無駄遣いだとも感じました。

 その選挙ですが、各政党とも、駅前等で必死の訴え賭けをやっています。ラウドスピーカーによる騒音に耳を傾けるより有効だと思って、配られているマニフェストなどいただきたく、「点字か録音の物はありますか?」と聞いてみると「ごめんなさい。ご用意してないんですよ」との答えが返ってきます。中には、こちらが近づいて行くと、そっぽを向いたり逃げちゃったりする候補者当人さえいるようです。
 点字投票は、婦人参政権よりも古い歴史を持っているのに、その判断材料が極めて乏しいままなのですから、困った物です。
 私は今、街頭で点字か録音のマニフェストを配ってくれる政党があったら、喜んで投票したいなと、半分は本気で考えています。
 いつかそう遠くない時期に、こんなこと思った自分を後悔させられるくらい、いろんな政党が視覚障害者も一人の有権者として意識してくれる時がくることを願って止みません。


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:57  | Permalink

童謡・唱歌を歌いながら

 先月・7月31日に、杉並区のとあるおじさまのご依頼で、なんとこの私が、童謡を歌うコンサートをやりました。
 と言っても、極々小さな会場で、観客もたった10数名の物でしたが。

 これが、不思議ないきさつなのです。
 4月29日の昭和の日に、とあるカトリック教会で、知り合いのクリスチャンの若者が結婚式を挙げた際、私もご招待いただきました。そして、大変アットホームな教会の信者さんたちの手作りパーティーにも参加させていただき、とても祝いたい気分になったので、“me & my girl”というミュージカルのテーマソングを歌いました。
その歌詞の中に

♪小さな教会で集い合って確かめる
♪二人の愛ハッピー、それからいつも

というフレーズがあったので、その場にぴったりだと思いアカペラで歌ったのです。
 芝居ではあまり上がらないのに、音楽のステージでは足ががくがくになるほど緊張する私ですが、このときはとにかく興が乗ってしまったので、まったく緊張などしていなかったのも、歌声のリラックス度合いを高めてくれたのかもしれません。新郎新婦のみならず、多くの皆さんに温かい拍手をいただき、ちょうど良く回ったアルコールもあいまって、気分も最高でした。
 ところが、帰り際に、件のおじさまにつかまり、
 「こんど私の企画するイベントで歌ってくれませんか」
と声をかけられたのです!でも恐ろしいことに、そのときはとても気分が良かったので、ほいほいと承諾してしまったのでした。

 ということをすっかり忘れた6月のとある日、そのおじさまから連絡があり、ひっこみのつかない状態に陥りました。
 いわく
「あなたのゴスペルは、素晴らしかった!」
 そもそも、ミュージカルナンバーを「ゴスペル」と認識されていたのも物凄いのですが、
 「あのお声なら、高齢者の方向けの童謡や唱歌のコンサートもお願いできますよね?」
 と言われるに至っては、本当に驚いてしまいました。
 確かに、私は小さい頃から童謡や唱歌が好きというか、親が繰り返しかけてくれたレコードのお陰で、そういった歌が体に染み付いていました。また、その中でも幼児向けの歌は、絵本朗読の会などで合間に弾き語りなどしていたこともあったので、できないことではないと判断し、引き受けてしまったのです。

 でも、7月には、前回まで連載させていただいていたように、『改造人間哀歌』への出演その他のイベントが入り、結局このコンサートの準備は、たった10日しかないという状態になってしまいました。
 そのうえ、引き受けた当初には聞いていなかった「大正時代の作品を中心に」などの指示が、後から後から出てきて、アップアップしてしまいました。
 とにかくなんとか間に合わせようと思ったので、ないーぶネットで資料になるような童謡・唱歌の本を探し、曲を選び、それを元に曲の解説文を作り、私の下手なピアノでは弾き語りが難しいと判断した曲はピアノ伴奏だけ録音したカラオケを作り、本業は役者なのだからということで合間に読む絵本を選び、それを一緒に読んでくれる相方・鈴木大輔との稽古をし、作っておいた曲の解説の朗読を鈴木に頼み、そのタイミングなどを練習し、…等々、怒涛の10日間を経て本番に臨んだのでした。

 歌った曲は以下の通り。

『ゆりかごのうた』  北原白秋作詞、草川真作曲
『あめふり』  北原白秋作詞、中山晋平作曲
『村の鍛冶屋』   作詞・作曲者不詳
『我は海の子』 作詞・作曲者不詳
『夏は来ぬ』  佐佐木信綱作詞、小山作之助作曲
『青い眼の人形』  野口雨情作詞、本居長世作曲
『赤い靴』  野口雨情作詞、本居長世作曲  
『牧場の朝』  杉村楚人冠作詞、船橋栄吉作曲
『里の秋』  斎藤信夫作詞、海沼實(かいぬま みのる)作曲
『ふるさと』  高野辰之作詞、岡野貞一作曲
『森の小人』  玉木登美夫・山川清作詞、山本雅之作曲

 恐れていた通り、前半はかなり上がってしまいましたが、やはり私は役者だったと自覚し、ストーリー性のある歌を歌ったり絵本を読んだりしているうちに、すっかり落ち着くことができました。
 お陰さまで、ご来場くださった人たちから、「また歌ってください」とか「懐かしくて涙が出そうになりました」などの温かいお言葉をいただきました。

 本人としては、もうこんな緊張は勘弁してほしいという気持ちだったのですが、不思議なことにそれから20日も経った今でも、ふと気づくと「♪うーのはなーのにおう垣根に」と口をついて出てくるのです。そして、いつの間にか、「音楽療法ってあったよなとか「認知症のお年寄りが、懐かしい童謡で元気になったり意識がはっきりしたりっていう話も聞くわよね」などと、何かたくらみかけている自分がいるのです


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 16:06  | Permalink

バリアが外れていくとき(其の四-最終回)

 7月16日~20日まで上演された『改造人間哀歌2』関連のお話しの続きです。
 最終回の今回は、いつもの倍の長さになってしまいました。時間のあるときに、ゆ
っくりお読みください。

 千秋楽の後のウチアゲは、やはり大盛況でした!
 私も、この世界に入るまで知らなかったのですが、芝居の公演の千秋楽のウチアゲ
って、どこでもオールナイトのようです。
 宴会が得意ではない私は、毎回割りとうんざりしてウチアゲに臨むのですが、結果
的にはいつも楽しんでしまうのです。

 今回も、視覚障害者は私一人だし、馴染めなかったらどうしようと思うと、ウチア
ゲに対してはずっしりと重たい気持ちで臨まねばなりませんでした。しかし、相方鈴
木大輔の顔を潰してはならないし、なんとかにこやかにしていられるよう努力せねば
などと、「我慢、我慢」といった感じで気合を入れました。ところが、見事にそんな
想いは吹き飛ばされることになったのです。

 佐々木さんの乾杯の挨拶に続き、どの劇団でも恒例となっている「大入り袋(おお
いりぶくろ)」の分配となりました。これは、お客さんがたくさんきてくださったこ
とを祝しての習慣で、ポチ袋に「ご縁がありますように」の5円玉を入れた物を、そ
の場に居合わせた出演者とスタッフ全員に配るものです。この中身はできるだけさっ
さと使ってしまうのが善しとされています。それは、「お金を留めない→動かす→新
しい役を回してもらえるようにする」という縁起担ぎです。その替わり、ポチ袋は大
事に取っておく。これが大入り袋の儀式なのです。
 これを配るとき、受け取った人は、順番に挨拶をするのです。
 私も、皆さんにお世話になったこと、自分自身がとても勉強になったこと、そして
毎日佐々木さんにお気に入りの飴を差し上げて喉のケアーにちょっぴりだけ貢献でき
たのが嬉しかったことなどいろいろお話ししました。佐々木さんは、「いつもありが
とね。助かったよ」と優しく声をかけてくださいました。

 この儀式の後は、もう三々五々、いろんな人々と話し込むことになりました。
 印象に残った人について書いてみます。

 まずは、「仮面ライダー」シリーズなど多くの特撮作品やドラマのプロデューサー
として、また映画監督・助監督としても活躍されてきた平山亨さん。この方は、もち
ろん佐々木さんのお客様として千秋楽の公演をご覧になっていらしたのですが、実は
少し前に骨折なさっていて、松葉杖を使っていらしたのですが、階段しかない2階に
ある劇場まで、頑張って上がっていらしたのでした。御歳80歳ということも考え合
わせると、そのバイタリティと愛の深さに頭の下がる想いでした。
 相方鈴木と共に、この方とじっくりお話しすることができました。
 ご自分が深く関わってこられた「仮面ライダー」を心から大切になさっておられる
平山氏は、ライダーシリーズにインスピレーションを得て作られた今回の作品『改造
人間哀歌』に大変感動され、こちらもエレベーターなしの地下にあるウチアゲ場所の
居酒屋へもお越しくださり、涙を流しながら熱い想いを語ってくださいました。
 また、一線を退かれた今は、ご自身いろいろなボランティア活動をなさっていると
のことで、映画や演劇のバリアフリーにも大変関心を寄せてくださっておられました

 平山氏について詳しくお知りになりたい方は、以下のwikipediaのページをご参照
ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E4%BA%A8

 そしてもうお一人、先々週のこの欄でちらっとお話しした、劇場の1階にあるホビ
ーショップの店長さんと、この席でゆっくりお話しすることができました。
 彼・今井さんは、私と同じ年頃の男性で、店番をしているときには、よくプラモデ
ルの製作などをなさっているのですが、公演期間中、私のサンダルが2度壊れたとき
、2度ともプラモデル用の接着剤で治してくれた優しいお兄さんでした。
 お店ではおとなしげな印象だったのですが、この宴席で、ひょんなことから私と時
代劇の趣味が合うことが発覚。お互いに小学生の頃、父親の影響で時代劇にはまった
という経験を持ち、萬屋錦之介(よろずや きんのすけ)の破れ傘刀舟(とうしゅう
)、中村梅之助(なかむらうめのすけ)の遠山の金さんと伝七(でんしち)親分は最
高だったと大いに盛り上がったのです。
 そして私が、「あなたのお店の品物は箱に入ってる物や何十万もするような高価な
フィギアとかマスクなんかなので、触るに触れないけど、本当はTVを観ててもどん
な形なのか把握できない私たちにとって、実際に触れたらどれだけいいかと思う。で
もなかなか買い集めるお金もないし…」と話したら、「うちのお店にある物は、なん
でも触ってもらっていいから、声かけてくださいよ。ちゃんと箱から出しますから」
という信じられないほど嬉しい答えが返ってきました。驚いて、「でも、買えるわけ
じゃないんですよ」と聞き返すと、「何を言ってるんですか。見えないんですから大
いに触っていただくべきですよ。僕は、ぜひちゃんと形を把握してほしいな。お友達
にも言っておいてくださいよ。僕のお店では、見えない人に触らせてあげないなんて
ことはあり得ませんから」と言い切られました。なんて素敵な人なんだろうと、これ
また感動してしまいました。
 もちろん、アドレス交換もさせていただきました。
 ここで、お店のことをちゃんとご紹介したいのですが、劇場と同じビルに入ってい
ますので、まもなく取り壊しで引越しなさるそうです。新しいお店の場所などが決ま
りましたら、この誌面でご紹介したいと思います。

 アドレス交換といえば、出演者やスタッフの人たちとも、この席でお互いのアドレ
スを赤外線でやり取りしました。
 せっかくなので、みんなとアドレス交換したいけれど、自分から人を捕まえるのも
難しいし、ピンポイントでお願いしていくのも、もしご迷惑だったら…と考えて、躊
躇していたのですが、思い切って「すみませーん。もし私とアドレス交換してもいい
よっていう方がいらしたら、良かったら声かけてくださーい!」って叫んでみました

 そしたら、来てくれること来てくれること、隅っこで眠りこけてた人たち以外は、
次々とやってきてはアドレスの交換をしてくれたのでした。
 そんなご縁もあって、mixiでのマイミクさんも、その翌日くらいに数名増えていた
のでした。
 やはり、友達も幸せの一部だから、「歩いてこない。だから歩いて行くんだね」と
、古い歌の歌詞に歌われているように、自分からアクションを起こさねばならないの
だと思いました。こうやって声をかけておくのは、相手の気持ちを尊重しながら自分
の意思も伝えられるので、なかなか有益な方法なんじゃないかなと思ったりしました

 他にもいろいろな人とのやり取りを紹介したいところですが、既にそうとう長くな
ってしまったので、ここまでにしたいと思います。

 こうして、多くの人たちと出会い、いろいろな経験を積ませていただいた日々は終
わりました。始発の電車が動き出した駒込の朝にふわりと流れ出した私たちは、同じ
方向へ帰る人々と集団下校のように帰途を共にし、山手線→小田急線と乗り継いで行
く中、一人、また一人と散っていったのでした。

 最後に、いろいろお礼を言わせてください。
 こんな素敵な機会を与えてくれた篠原さん、橋渡しをして引っ張り込んでくれた相
方の大輔、佐々木剛さんをはじめ私を受け入れてくださった出演者の皆さん、スタッ
フの皆さん、当日視覚障害者の誘導に協力してくださった皆さん、そしてご来場くだ
さった皆さん。本当にありがとうございました!!
 そして、この長い長いレポートに最後までお付き合いくださった読者の皆様、本当
にありがとうございました!!

 次回からは、いつもの単発コラムに戻りますが、今後とも皆さんに楽しんでいただ
けるような物を書いていきたいと思っていますので、宜しくお願い致します。

(『バリアが外れていくとき』 完)


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 16:36  | Permalink

バリアが外れていくとき(其の三)

 7月16日~20日まで上演された『改造人間哀歌2』関連のお話しの続きです。

 さて、観劇サポートのほうですが、18日終演後に、翌日来る視覚障害のお客さん
が点字ユーザーであることを思い出した私は、画期的なガイド方法を思いつきました

 つまり、予め、説明したい内容を点字のカードにして用意しておき、隣に座って、
説明を入れたいタイミングで順番に手渡していくという方法です。
 例えば、前半のほうで、場面と場面の間に一瞬だけ、中幕の合間に謎の女の後ろ姿
が浮かび上がり、こちらに振り向きかけるとき、にやりと笑いを浮かべた瞬間暗転に
なるという場面が挟まっていました。ここは、不気味な音楽のみで、その様子を知る
ことのできる台詞その他の音は何もありません。こんなタイミングで、
“コートを着た女の後ろ姿。ゆっくりと振り向くとき、にやりと笑いを浮かべる。暗
転。”
と書いた点字のカードをそっと手渡します。ベテランの点字ユーザーは、これを瞬時
に読み取ります。
 この方法は、左右に座った点字ユーザー二人までにしか有効ではありませんが、周
りに声が漏れる心配がないうえ、このサービスを受けていただいたご本人たちにも、
「今までで一番分かりやすかった!」と好評でした。
 ケース・バイ・ケースですが、この方法も新しい場面解説の方法としてこれからも
やってみたいものだと思いました。
 ちなみに、今回のカードは全部で20種類。楽日にいらした点字ユーザーのお客さ
んにも、とても喜んでもらえました。しかも、後述する「DVDへの音声ガイド」を
作る上でも役に立ちそうです。

 私は、この上演期間中毎晩行なわれていた「佐々木剛を囲む会」という、お客さん
と出演者・スタッフも巻き込んでの飲み会に、初日(16日)、中日(18日)、楽
日(20日)の3回参加してましたが、その中日の会で、主宰篠原さんと照明兼制作
の大村さんとじっくり話すことができました。
 ここで、出演者でもある私の相方の鈴木大輔と共に、視覚障害者にとっての「音声
ガイド」の必要性をはじめ、あらゆる障害の人たちに対する観劇上でのバリアを取り
除く方策について、お二人に対していろいろお話ししてみました。
 元々、福祉的視点を持っている篠原さんと、そして他の劇団での経験である程度観
劇のバリアフリーについての知識をお持ちだった大村さんは、私たちの熱い話を、と
ても熱心に聞いてくださいました。
 結果、今回の『改造人間哀歌2-星空の約束-』のライブDVDを発売するに当た
り、「音声ガイドを付けて出すことを検討したい」と、非常に前向きなお言葉をいた
だくことができました。
 正式に決定したら、この誌面でもご紹介します。
 また篠原さんは、これまで持ち小屋として使ってきたこの「タカタカブーン」のあ
るビル自体が建て直しされることになったということで、この秋には別なところで新
たに劇場「タカタカブーン」をオープンさせるそうなのですが、こちらの場所も階段
のない1階にするなど、バリアフリー的な配慮をしていきたいということも話してく
ださいました。

 結果的に私たちにとっても非常に実りの多かった5日間の公演もあれよあれよとい
う間に過ぎて行き、20日の千秋楽も無事終わりました。
 佐々木さんは、篠原さんがこの「改造人間」を書くに当たっての着想の原点ともな
った、あの「仮面ライダー」の2号だった人です。その佐々木さんの、仮面ライダー
2号に対する強い想いを含めて、今回の「改造人間」に対する愛をたっぷり感じさせ
てくださったカーテンコールでのご挨拶は、私の胸を大きく打つ物でした。あまりの
感動に、暫くの間はハンカチを目元から話すことができないくらいでした。

 お客さんが全て帰られた後の舞台の上で、出演者の集合写真を取るとき、みんなは
、声の出演だけだった私も温かく迎えてくれて、全ての集合写真に参加させてもらえ
ました。
 また、鈴木と二人で、佐々木さんを挟んでのスリーショット写真も撮らせてもらえ
ました。ぎゅっと肩に回された腕のぬくもりを思い出すと今も嬉しさがこみ上げてき
ます!!

 これだけでも思い出いっぱいのひとときだったのですが、最終日のオールナイトウ
チアゲが、これまた素晴らしい思い出となりました。

 というわけで、来週はそのお話しをして、この「バリアが外れていくとき」の最終
回としたいと想います。

(来週へ続く)


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(「週刊福祉情報」コラムニスト・美月めぐみ)

by amedia  at 17:26  | Permalink